西洋音楽史 - メイン
メイン(全時代網羅)。
このページでは、全体像を中心に、古代から20世紀各論までの流れを整理し。
試験で問われやすい要点のつながりを把握する。
- 対象時代古代エジプト〜20世紀各論
- 対象要素時代背景・人物・作品・技法・楽器
- wm対応範囲wm.txt:1-1789
ページ内目次
古代エジプト(紀元前30世紀頃〜紀元前1世紀頃)
古代エジプトでは、 儀礼と娯楽の両方で 楽器文化が発達した、時期は紀元前30世紀ごろである。
とくに弦鳴楽器と 打楽器が重視された、図像・墓室装飾・碑文にも演奏場面が残る。
古代エジプト音楽は、 生活と儀礼の双方に根づいたという点が重要である。
音楽文化と儀礼
ハープは、古代エジプトの代表的な弦鳴楽器であり、宮廷儀礼・宗教儀礼・宴席で広く使われた。
古王国期から長く継承された点は重要であり、ハープは古代エジプトの基幹楽器である。
シストラムは、振って鳴らすガラガラ型の打楽器であり、神殿儀礼や祭礼で重要な役割を担った。
金属枠に横棒を通した構造が代表例であり、シストラムは儀礼性の高い古代エジプトの楽器である。
アレクサンドリアの技術革新
紀元前3世紀の アレクサンドリアで、 クテシビオスが考案したという点が重要である。
対象は水圧オルガン (ヒュドラウリス)であるという点が重要である。
最古級の鍵盤楽器とされる、屋外向けの大音量を備え、 劇場や円形競技場でも用いられた。
技術革新が古代上演の音量を拡張したことは、公開上演文化の変化を示す重要な根拠である。
西アジアとの楽器伝播(古代〜中世)
- バルバットは、古代ペルシアの撥弦楽器である、短頸リュート属に位置づけられる。
- 西方系統はウードとなり、中世ヨーロッパでリュートへ展開していった。
- 東方系統は中国の琵琶(ピパ)へ受容されたという点が重要である。
楽器伝播は、 古代から中世にかけて西アジアと東アジアを結びつけた。
古代ギリシア(紀元前10世紀頃〜紀元前1世紀頃)
古代ギリシアでは、 都市国家の形成が大きく進み、劇文化も発展した。
音楽は 詩と 舞踏と結びつき、そのため総合芸術として広く理解される。
時代背景
文明形成とポリス成立
紀元前10世紀ごろ、 アテネを含む ギリシア・ エーゲ海世界で 変化が進んだ。
ミケーネ文明の後に ギリシア文明が形成された、紀元前8世紀ごろには、 ポリスが成立する。
同時に植民活動も拡大し、交易圏と文化圏の再編を長期的に促した。
古典期と秩序の動揺
紀元前5世紀ごろ、 アテネは 最盛期を迎えた、古典期の中心として位置づけられる。
一方で、 マケドニアが台頭する、その介入で アテネ中心の秩序は動揺した。
音楽史・劇文化
ムーシケーと吟唱伝統
古代ギリシアでは、 音楽は言葉と不可分であり、撥弦楽器は リラと キタラである。
管楽器には アウロスが用いられた、「ミュージック」は ムーシケーに由来する。
これは詩・ 音楽・ 舞踏を含む 総合芸術概念であるという点が重要である。
ホメロスの 《イーリアス (イリアス)》・ 《オデュッセイア》は、 叙事詩である。
吟唱伝統と結びついた、キタラや アウロスの 伴奏文脈で多く語られる。
悲劇/喜劇と祭礼上演
紀元前5世紀ごろには、 ギリシア悲劇/喜劇が確立した、上演空間の中心は オルケストラである。
これは スケネ手前にある、観客席は テアトロンである、合唱隊は コロスとして機能した。
叙事詩・ 音楽・ 舞踏が一体化した ムーシケーは、 ギリシア人の自認を強化した。
上演は 酒神ディオニュソスを祀る ディオニュシア祭と結びつくという点が重要である。
ソフォクレスの 《オイディプス王》が代表作であるという点が重要である。
哲学者・理論
ピタゴラス学派と音程理論
ピタゴラス (ピュタゴラス)学派は、 宇宙を数の調和として捉えた。
音程理論の基盤を整えた、オクターブを 1:2、 完全5度を 2:3で示した。
ピュタゴラス音律 (ピタゴラス音律)では 3:2連鎖で音階を構成する。
テトラコルド (四音音階)は、 完全4度内に4音を置く単位である。
分割の属は ディアトニック、 クロマティック、 エンハーモニックである。
エートス論と倫理思想
プラトンは、 エートス論として 音楽が 人格形成と国家秩序に影響すると 論じた。
参照先は『国家』である、アリストテレスは 音楽を 閑暇における 高尚な享楽と位置づける。
地中海圏の後世受容(16〜18世紀)
ジャニサリー受容とアッラ・トゥルカ
16〜18世紀には、 オスマン・トルコの ジャニサリー軍楽 (メフテル)が広まった。
ヨーロッパへ 強い印象を与えた、18世紀には シンバル、 トライアングル、 大太鼓の使用が拡大した。
アッラ・トゥルカ (トルコ風)という楽語が定着するという点が重要である。
古代ローマ(紀元前8世紀頃〜5世紀)
古代ローマでは、 音楽実践が 都市文化に深く組み込まれたという点が重要である。
儀礼・ 劇場・ 競技・政治表象が結びつく点が重要であるという点が重要である。
世界史・文化
文化継承と教育制度
紀元前〜紀元後1世紀の ローマでは、 エトルリアと ギリシアの伝統を継承した。
帝政期に都市文化が 発展した、教育では ギリシア由来学芸を継承した。
音楽は 数学的教養として クアドリウィウムへ接続するという点が重要である。
音楽史
管楽器と公共空間
ティービアは、 アウロス系の ダブルリード管である、3〜 4指孔型を含む。
宗教儀礼、 劇場、 祭礼(ディオニュソス 祭儀系統を含む)で広く使われた。
コルヌ・ トゥーバ・ ブッキナは、 金管系 楽器である、軍事・儀礼・競技の合図に用いられた。
屋外での遠達性が高く、 行進や式典の進行指示に機能したという点が重要である。
都市資料と上演空間
紀元後1世紀(帝政初期)の ポンペイ出土資料、 とくに街路楽師モザイクは 重要資料である。
音楽実践が 日常文化に根付いていたことを示すという点が重要である。
コロッセウムと 各地の劇場では、 祭典・競技・詩朗誦・演劇が結びついた。
テルマエは公衆浴場で、 コロッセウムとは 用途が異なるという点が重要である。
ネロ像と後世オペラ
54〜 68年の ネロ (ネロー)は 名声を求め、歌唱・竪琴演奏・競技参加を 積極的に行った。
この皇帝像は 後世オペラの題材へ継承されるという点が重要である。
代表例は モンテヴェルディ 《ポッペアの戴冠》 (ポッペーアの戴冠)である。
年代は1642〜 1643である、ヘンデル 《アグリッピーナ》 (1709)も代表例である。
中世(5〜15世紀)
世界史の流れ
ローマ世界から中世秩序へ
紀元前2世紀〜紀元前後には、 ピュドナの戦い (前168年)が起きた。
ローマが マケドニア王国を破り、 地中海世界で優位な地位を確立した。
パクス・ロマーナ (前27年〜後180年)を経て、帝国秩序が長期に安定した。
キリスト教が拡大した、ローマ帝国は 392年の国教化と、395年の東西分裂へ進む。
東ローマ安定、 西ローマ衰退という 西低東高が鮮明化したという点が重要である。
西ローマ滅亡 (476年)後は状況が変化した、フランク人と ローマ教会が結びつく。
西ヨーロッパの新秩序を形成する、843年の分割を経て。
フランス・ イタリア・ ドイツの 原型が示された。
教皇権と建築文化
教皇権は 十字軍を通じて 最盛期を迎える一方、 腐敗と内部対立で衰退した。
教会批判と 人間中心思潮は ルネサンスへ接続するという点が重要である。
建築では ロマネスク様式 (バーリの サン・ニコラ聖堂)が挙げられる。
ゴシック様式 (パリの ノートル=ダム大聖堂、 着工1163)も代表例である。
典礼聖歌と記譜法
グレゴリオ聖歌の成立
8〜9世紀の フランク王国 (カロリング朝)で 整理が進み。
ローマ聖歌と ガリア聖歌が 統合・標準化された、グレゴリオ聖歌が成立した。
これは 単旋律無伴奏、ラテン語の 聖歌で、通常文と 固有文の 典礼実践を支える。
記譜教育の体系化
- ネウマ譜から線譜化への発展で音高共有の精度が上昇という点が重要である。
- グイド・ダレッツォは記譜教育を体系化し、後世の教育実践を方向づけた。
- ソルミゼーション: ウト-レ-ミ-ファ-ソル-ラ(後のドレミ)。
多声音楽の発展
トロープスからオルガヌムへ
10〜11世紀には 聖歌旋律を 拡張する トロープスが登場した、そこから セクエンツァが生まれた。
9〜10世紀の 平行オルガヌム (4度・ 5度)を経た、11世紀には 自由オルガヌムが成立する。
内部技法として ディスカント様式と オルガヌム様式が 区別される。
12〜13世紀の多声化
12世紀には保持声部 テノール概念が定着し、 可動部分 クラウスラが理論化される。
12〜13世紀には、 上声に 世俗的な歌詞を載せる モテットが登場した。
全声部新作の コンダクトゥスも 重要ジャンルとなるという点が重要である。
ノートル・ダム楽派とアルス・ノヴァ
ノートル・ダム楽派(12〜13世紀)
12〜13世紀の ノートル・ダム楽派は、 アルス・アンティクァの中核である。
モード記譜法と 3分割重視の拍節運用を基盤に、 オルガヌムを 発展させた。
レオニヌス (レオナン)は 2声と オルガヌム大全で知られるという点が重要である。
ペロティヌス (ペロタン)は 3声・ 4声へ 拡張したという点が重要である。
アルス・ノヴァ(14世紀)
14世紀の フランスで 新技法が定着する、主要拠点は パリ・ランス・ アヴィニョンである。
この潮流を アルス・ノヴァと呼ぶ、これは14世紀の 時代区分である。
名称は フィリップ・ド・ヴィトリーの 理論(1320年頃)に由来する。
メンスーラ記譜法が精密化し、 2分割と 3分割の拍節が 正規化された。
細分音価と シンコペーションの活用で、 リズム構築は高度化する。
モテットでは下声に ラテン語、 上声に フランス語を置く実践も 確認される。
- ギヨーム・ド・マショー《ノートルダム・ミサ》: ミサ通常文全体設定の初期代表。
- ギヨーム・ド・マショー《我が終わりは我が始め》: ロンドー形式。
逆行カノンを用いる技巧作であり、作曲技法の高度化を端的に示す。 - 世俗定型: バラード・ヴィルレー・ロンドー(定型詩形)と宮廷風愛の多声シャンソン。
中世末の世俗文化
イングランドと大陸和声
イングランドの ジョン・ダンスタブルは、 3度・ 6度協和を重視した。
大陸和声へ 大きな影響を与え、中世末の和声観の転換点となった。
世俗文化の担い手
同時期の世俗音楽では、 宮廷風恋愛・ 英雄叙事・ 風刺が同時進行で並行する。
担い手には トルバドゥール/ トルヴェールがいる、ジョングルール/ ミンストレル (芸人)もいる。
ミンネジンガーと ゴリアールも活動し、世俗詩歌の担い手が多様化した。
トルバドゥール/ トルヴェールは 南北フランスで オック語/ オイル語を使用した。
ミンネジンガーは ドイツ語圏で ミンネを歌うという点が重要である。
ゴリアールは 放浪知識人層で、 《カルミナ・ブラーナ》 伝承に連なる。
ルネサンス(15〜16世紀:前期15世紀)
世界史
教皇権の衰退と社会構造の変化
14世紀末以降、 教皇権は 十字軍失敗と 黒死病流行で 権威を失いた。
これにより、 農民の地位上昇、 領主の相対的低下、 諸侯と 王権の強化が進む。
とくに ブルゴーニュ公の 支配領域が拡大した、その中核が ブルゴーニュ公国である。
政治・文化の中心になる。
フランドル地方と100年戦争
14世紀末〜15世紀 前半、 フランドル地方は 経済的に繁栄した。
現在の ベルギー/ オランダ付近である、ここは ブルゴーニュ公国の 中核文化圏として機能する。
100年戦争 (1337- 1453)では 抗争が続いた。
主軸は イングランド王権と フランス王権である、ブルゴーニュの同盟先は 時期で変動し。
ジャンヌ・ダルクが 象徴的人物として現れる。
北イタリアと文化運動
同時期の 北イタリアでは、 十字軍後の 地中海貿易で 都市国家が台頭した。
古代ギリシア・ローマ文化の 復興運動として ルネサンス (再生)が形成される。
人間中心の視点、 遠近法、 科学技術が 発展した。
印刷と音楽受容の拡大
三大発明とされる 羅針盤・ 火薬・ 活版印刷が普及し、 楽譜印刷が進んだ。
音楽は 聖職者だけでなく 市民階級へ広がる、タブラチュア譜出版と ヴァージナルなどの 器楽文化も拡大した。
音楽史(前期)
ブルゴーニュ楽派の成立
15世紀 前半の ブルゴーニュ公国で、 ブルゴーニュ楽派が成立した。
ジル・バンショワ、 ギヨーム・デュファイ (1397- 1474)が活躍する。
イングランドの ジョン・ダンスタブル由来の 3度・ 6度協和を取り込んだ。
フォーブルドンは、 下方4度配置による 和声化技法である。
循環ミサと定旋律統一
この時代は 循環ミサが 発展した、とくに 定旋律ミサが重視される。
中心は ミサ通常文である、共通定旋律 (カントゥス・フィルムス)で 各楽章を統一する。
リズム動機の反復や イソリズムも用いられた、イソリズムは リズム型と 旋律型の反復結合である。
《ロム・アルメ・ミサ》は 世俗旋律ロム・アルメを テノールへ据える典型例である。
フランドル楽派への継承
15世紀後半には中心が フランドル地方へ移り、 フランドル楽派が継承した。
ヨハネス・オケゲムを経た。
ジョスカン・デ・プレ が活躍する、別名は ジョスカン・デプレである。
生没年は 1450- 1521である、彼は ポリフォニーを完成させる。
通模倣技法・ パロディ・ミサを駆使した。
《パンジェ・リングァ・ミサ》は 通模倣様式の代表例である。
《アヴェ・マリア…ヴィルゴ・セレナ》は 代表的モテットである。
《ロム・アルメ・ミサ》は 同名題材の作品群である、複数作曲家により書かれた。
定旋律の置き方と展開法に 違いがある。
用語整理と意義
基礎用語
音楽史的意義
ルネサンス(15〜16世紀:後期16世紀)
世界史
宗教改革の始動
ドイツでは免罪符問題が拡大した、マルティン・ルターが95ヶ条の論題を提示した。
宗教改革が始まった、ルター派が形成された、プロテスタント誕生へつながった。
国家体制と宗教秩序の再編
イギリスではヘンリー8世が英国国教会を創設した、カトリック圏(主にイタリア)では対抗宗教改革が進行した。
トリエント公会議で刷新が進んだ、ハプスブルク家は全盛を迎えた。
都市空間と文化基盤
イタリアのヴェネツィアは発展した、サン・マルコ大聖堂の空間と残響が新様式を刺激した。
フランスでは主権国家としての体制確立が進んだ。
音楽史(後期)
宗教改革圏の礼拝音楽
ドイツではルター派礼拝歌が整備された、ドイツ語のコラールが成立した。
これは讃美歌として機能した、単旋律で信徒が参加しやすい性格である。
ヨハン・ヴァルターはマルティン・ルターと協力した。
《神はわがやぐら》は代表的コラールである、ポリフォニー化にもつながった。
英国国教会の礼拝ジャンル
イギリスの英国国教会では礼拝ジャンルが分化した、儀式用のサーヴィスが発達した。
自由な歌詞によるアンセムも発達した、ウィリアム・バードは重要作を残した。
ミサとモテットに対応する役割を担った。
ローマ楽派とカトリック圏
イタリア(カトリック圏)ではポリフォニーの複雑化が批判された。
パレストリーナは歌詞明瞭性の高い書法で応答した、ローマ楽派は均整ある多声様式を確立した。
《教皇マルチェルスのミサ》が代表作である、ミサ曲とモテットの伝統は再定義された。
世俗曲の展開
フランスではシャンソンが展開した、クロダン・ド・セルミジやクレマン・ジャヌカンが活動した。
《鳥の歌》は標題シャンソンの代表である。
ドイツではリート(テノールリート)が流行した、テノールに主旋律を置く構成が広がった。
ハインリヒ・イザークは宗教・世俗双方に作品を残した。
マドリガーレの深化
イタリアでは《カント・カルナシャレスコ》が普及した、メディチ家と謝肉祭文化が背景である。
続いて《フロットラ》を経て《マドリガーレ》へ発展した、マドリガルとしても広がった。
詩と音楽の結合が深化した。
表現の先鋭化と初期オペラ
カルロ・ジェズアルドは強い表現を志向した、半音階と不協和音を多用した。
《マドリガーレ集第5巻》と《マドリガーレ集第6巻》を残した。
クラウディオ・モンテヴェルディは第2の作曲法を掲げた、《マドリガーレ集》と《オルフェオ》で初期オペラの方向を示した。
ヴェネツィア楽派の空間書法
ヴェネツィア楽派は空間書法を発展させた、アンドレア・ガブリエリとジョヴァンニ・ガブリエリが活動した。
二重合唱様式(コリ・スペッツァーティ)が発展した、コンチェルタート様式は群間対話を重視する。
《弱と強のソナタ》(ピアノとフォルテのソナタ)は強弱記号を伴う代表作である。
音楽思想・表現技法
第1の作曲法と第2の作曲法
第1の作曲法は伝統的対位法に基づく作曲である、第2の作曲法は歌詞の意味を重視する作曲である。
劇的な性格を強める。
劇的・叙情的・典礼的
劇的とは音楽が人物心理を描く性格である、物語進行を担う性格も含む。
関連語として叙情的と典礼的がある、これらは同一作品内で併存しえる。
マニエリスムとの連関
バロック(17世紀〜18世紀前半)
世界史背景(16世紀後半〜17世紀)
政治・宗教秩序の再編
時期は16世紀後半から17世紀である、中心はヨーロッパのイタリアとフランスである。
絶対王政が広がった、芸術は権威演出に使われた、ルイ14世は体制の象徴である。
背景には教皇権の低下がある、宗教改革と対抗宗教改革も重なる、劇的でわかりやすい表現が求められた。
誇張と調和が重視された、体制の可視化が美学を方向づけた。
ルネサンスの均衡・比例は後景化した、運動感と対比が前面化した。
劇性の追求も強まった、アフェクト論(情念論)が浸透した、神と王権の演出と人間心理描写が併走した。
呼称バロックは後世語である、語源は歪んだ真珠で批判語である、17世紀の危機も背景である。
30年戦争や宗教戦争が続いた、経済低迷と寒冷期も誇張表現を後押しした。
イタリアは主戦場ではありない、ただし周辺戦争の影響は受けた、外交経路を通じた波及もあった。
地域差を踏まえて理解する。
音楽史(声楽)
カメラータとオペラ誕生
17世紀初頭、フィレンツェで転換が起いた、カメラータが活動した。
古代ギリシアの悲劇の復興を目指した、ポリフォニー中心から離れた。
単旋律+和音のモノディーが成立した。
単旋律は独唱を際立たせる、演劇的表現が重要になった、音楽劇としてオペラが成立した。
後のホモフォニーの基盤にもなった、声楽書法の中心が交代した。
ヤコポ・ペーリが初期作品を残した、《ダフネ》は現存しない、《エウリディーチェ》は現存する。
両作は最初期オペラの基準である、初期史の要点はこの2作である。
オペラの定型化
オペラは総合芸術である、歌・演技・衣装・舞台が統合される、構成は序曲→レチタティーヴォ→アリアである。
劇進行と抒情提示が分業化した。
ダ・カーポ・アリア(ABA)が主流化した、アレッサンドロ・スカルラッティが定型化した。
1637年以降に商業化が進む、ヴェネツィアの公開劇場が中核である。
宮廷催事から都市興行へ移行した。
イタリア序曲は速く-ゆっくり-速くである、ジャン=バティスト・リュリがフランス様式を作った。
バレエとオペラを融合し舞踊性を高めた、フランス序曲はゆっくり-速く-ゆっくりである。
国別に序曲型が分化した。
モンテヴェルディとオラトリオ
1607年に《オルフェオ》が初演された、作曲はクラウディオ・モンテヴェルディである。
後にヴェネチアへ移りサン・モルコ楽長となった、《ポッペアの戴冠》はネロとポッペアを描く。
初期から後期までオペラ史を牽引した。
オラトリオは劇的声楽の一類型である、語源はオラトリウムである。
原義は祈祷所または祈祷室である、聖書題材を扱い演技と舞台は伴わない。
四旬節にはオペラの代替として劇場上演された。
オラトリオ主要作
- エミリオ・デ・カヴァリエーリ《魂と肉体の劇》である、1600年の初期オラトリオである。
- ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが大衆化した、ハレルヤで広く知られる。
- 《サムソン》は代表作である、《メサイア》も代表作である、《ユダス・マカベウス》も代表作である。
- 《リナルド》はヘンデルのオペラである。
プロテスタント圏の宗教声楽
17世紀中盤から後半の動向である、プロテスタント地域で展開した。
単旋律コラールが基盤である、多声宗教曲が発達しコラール編曲とコラール・モテットが代表である。
ハインリヒ・シュッツがドイツ宗教音楽の基盤を強化した。
主要作曲家(声楽中心)
- モンテヴェルディは《オルフェオ》を作曲、《ポッペアの戴冠》は《ポッペーアの戴冠》とも表記。
成立時期は1642〜1643年である。 - アレッサンドロ・スカルラッティはナポリで活動、《ピロとデメトリオ》のスミレが著名である。
- リュリはルイ14世に仕えた、フランス式オペラを確立した、《アルミード》と《アルセスト》が代表作である。
- ヘンデルはドイツ出身である、イタリア留学後にイギリスで成功した。
《アグリッピーナ》は1709年である、《ジュリオ・チェーザレ》は《エジプトのジュリオ・チェーザレ》とも表記。
オペラ・セリアで1723作曲1724初演である。 - ハインリヒ・シュッツはヴェネツィア様式を導入、後のバッハへ連なる土壌を築いた。
モンテヴェルディは1610年刊の教会曲集を残しミサ曲を公刊した。
ヘンデル《調子の良い鍛冶屋》は《エアと変奏》の通称である。
第5組曲(HWV430)終曲でチェンバロ独奏である、1720年刊行の組曲集(HWV426-433)に収録される、声楽中心でも鍵盤史との接点が明確である。
音楽史(器楽)
器楽自立と書法基盤
17世紀から18世紀前半、器楽は声楽から独立した、技巧性と構造性を重視する流れが強まった。
調性(長調・短調)が確立し、転調と構成美が発達した、楽器編成と強弱の段階的設計も進んだ。
通奏低音を軸に、器楽語法が体系化した。
通奏低音は旋律と和声を支える基盤である、同時に、主題模倣にもとづくポリフォニー書法も中核である。
代表はフーガである、旋律+和声と対位法が並立した。
バロック器楽の主要形式は3つである、ポリフォニー的楽曲、舞曲、多部分形式である。
舞曲は宮廷とサロンの室内文化で発展した、サロンは貴族や知識層の私邸での社交集会である。
組曲化と室内実践が形式を育てた。
多部分形式にはカンツォーナ、ファンタジア、ソナタがある、セクション分割を前提に構成される。
調性変化とエピソードの対比が要点である、部分対比で大きな構造を作る。
主要作曲家(器楽中心)
- ルイ・クープランは17世紀中頃のフランス作曲家である、ノン・ムジュレ前奏曲でクラヴサン音楽の発展に寄与した。
- フランソワ・クープランは後期バロックを代表する、200曲超の鍵盤小品を27のオルドルとして出版した。
オルドル(ordre)は組曲に近い区分名である。 - ジャン=フィリップ・ラモーはフランスの鍵盤作曲家である、クラヴサン作品と《タンブーラン》で知られる。
- アルカンジェロ・コレッリはローマで活動した、合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)様式を確立した。
独奏群コンチェルティーノと合奏群リピエーノの対比が核である。
トリオ・ソナタ(2旋律+通奏低音)の規範化にも寄与した。 - アントニオ・ヴィヴァルディはヴェネツィア出身である、500曲以上の協奏曲を作曲した。
リトルネロ形式の確立者である。 - ドメニコ・スカルラッティはイタリアの作曲家である、チェンバロ音楽で単一楽章の鍵盤ソナタを500曲超残した。
アレッサンドロ・スカルラッティの子である。 - ヨハン・パッヘルベルはドイツの教会音楽家である、オルガン作品を多く作曲し。
音楽教育家としても活動した、《パッヘルベルのカノン》は対位法の代表例である。 - ヨハン・ゼバスティアン・バッハはヨーロッパ諸様式を統合した、オペラ以外の広範ジャンルで頂点を築いた。
教会音楽ではカンタータと受難曲を多数作曲した。
ヴィヴァルディと協奏曲
ヴィヴァルディ《四季》は作品8《和声と創意の試み》の1〜4曲である。
作品8は全12曲の協奏曲集である、《四季》はヴァイオリン独奏による4曲である。
ソネット(14行詩)に基づく標題音楽である、各曲は主に3楽章(急-緩-急)である。
リトルネロ形式と標題性を統合した代表作である。
J.S.バッハの主要作品群
J.S.バッハの主要作品には《トッカータとフーガ ニ短調》がある。
《平均律クラヴィーア曲集》は前奏曲+フーガの全調構成である。
《インヴェンションとシンフォニア》は教育用の2声・3声作品である。
《フランス組曲》《イギリス組曲》《無伴奏チェロ組曲》も重要である。
対位法と舞曲語法が高密度に統合されている。
《ブランデンブルク協奏曲》は多様編成の集大成である、《ロ短調ミサ》はBWV232である。
ミサ通常文を大規模に作曲した作品である、《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》がある。
旧表記は《ヴァイオリンソナタ》である。
《マタイ受難曲》はオラトリオ的宗教声楽の代表である、メンデルスゾーンの再演が再評価の契機である。
作品群は器楽と宗教声楽の双方で規範になった。
《ゴルトベルク変奏曲》は主題と30の変奏で構成される、グレン・グールド録音(1955/1981)でも広く知られる。
後世受容まで含めて影響が非常に大きい作曲家である。
形式・作曲原理
主要形式
- リチェルカーレはポリフォニー的な器楽曲である、主題が転調しつつ展開する。
- フーガは器楽・声楽の双方で用いられる、主題と対位句を模倣展開する追走様式である。
- トッカータは即興的技巧曲である、フーガ前置として連結される例が多くある。
- 組曲は舞曲連結による形式である、基本はアルマンド・クーラント・サラバンド・ジーグである。
ジーグは6/8など複合拍子が多いである、クーラントはフランス系が中庸である。
イタリア系は速めである。 - ソナタは「演奏する」を語源とする器楽概念である、トリオ・ソナタは2高声部+通奏低音の3声書法である。
実演は通常4人以上である。 - ソナタ・ダ・キエーザ(教会ソナタ)がある、ソナタ・ダ・カメラ(室内ソナタ)もある。
この対比は後の古典派器楽整理にも接続する。 - コンチェルトは独奏と合奏の切り替えで進行する、合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)と独奏協奏曲の二型がある。
- リトルネロ形式は全奏リトルネロと独奏エピソードの交替で進む。
古典派のロンド形式は主調回帰を軸にする点が対照的である。 - ノン・ムジュレは小節線を固定しないフランス鍵盤前奏曲様式である。
ルイ・クープランが代表例である。
小規模室内のトリオ・ソナタと、大規模合奏のコンチェルトは対照的である。
編成規模の差が形式感の差につながる。
通奏低音(バッソ・コンティヌオ)
機能と編成
通奏低音は和声を即興補完する伴奏原理である、低音部と数字付き低音で構成される。
チェンバロやオルガンなど和音楽器が担いる、チェロやヴィオラ・ダ・ガンバなど低音旋律楽器も組む。
数字記号を基に和音を即興演奏する。
楽器
主要楽器群
- チェンバロは弦をはじく鍵盤楽器である、別名はハープシコード(英)/クラヴサン(仏)である。
- クラヴィコードはタンジェントで打弦発音する、繊細な強弱とベーブングが可能である。
- パイプオルガンは空気で発音する大型鍵盤楽器である、主に教会で用いられる。
- ヴィオラ・ダ・ガンバは脚間保持の擦弦楽器である、後にチェロ普及で後退した。
- ヴァイオリンはバロック以降の中核擦弦楽器である、歌唱的旋律と高い機動性を示す。
- リコーダーは縦笛である、フラウト・トラヴェルソ(横笛)へ重心が移行した。
フラウト・トラヴェルソは繊細表現に優れる。 - オーボエとファゴットはダブルリード木管である。
- ナチュラル・トランペットとナチュラル・ホルンはバルブを持たない。
自然倍音で発音する金管である。
使用文脈の整理
クラヴサンはフランスでノン・ムジュレとともに発展した、ルイ・クープランがその発展に寄与した。
チェンバロは独奏と通奏低音の双方で重要である、オルガンはコラール伴奏でも使われた。
室内楽伴奏でも中核である。
鍵盤三群はオルガン・クラヴィコード・チェンバロである、バロック後期には低音弦の金属巻き弦(ガット芯)が普及した。
音量と歌唱的表現の幅が拡大した、楽器技術の変化が表現拡張を支えた。
楽器編成の拡張で独奏と合奏の対照が鮮明になった、形式と編成の両面で近代的管弦楽へ接続する。
前古典派(18世紀前半〜後半/1720年頃〜1780年頃)
世界史
時代位置と社会層の変化
18世紀前半〜後半、中心はヨーロッパである、とくにドイツとイタリアが重要である。
バロックからウィーン古典派への過渡期である、バッハ存命期(〜1750)とも重なる。
区分は連続的で境界が曖昧である。
文化の中心は王侯貴族から市民へ移った、ブルジョワジーが台頭した。
王侯貴族は土地基盤である、ブルジョワジーは資本基盤である、受容層の変化が作曲需要を変えた。
政治経済と文化制度
長期背景には市民革命と資本主義拡大がある、啓蒙主義、出版市場、公開演奏会が拡大した。
名誉革命(1688年)も背景である、フランス革命(1789年)前後の変動も作用した。
市民層の音楽受容が急速に拡大した。
背景事例としてピューリタン革命がある、イギリスで1642年に開始した。
この変化で宮廷専属需要の比重は下がった、交響曲と鍵盤作品の需要が増えた。
公共圏の拡大がジャンル成長を後押しした。
美意識の転換
啓蒙主義の明晰さ志向はギャラント様式に接続した、バロックの誇張から、ロココの繊細へ移行した。
平明で整った語法が広がった。
音楽史
マンハイム楽派と管弦楽語法
18世紀中頃〜後半、1740年代以降はドイツ南西部のマンハイムが中核であった。
マンハイム楽派がオーケストラ運用を整備した、交響曲の4楽章形式も整った。
4楽章は急→緩→舞曲(メヌエット)→急である、スケルツォの一般化はベートーヴェン以後である。
ヨハン・シュターミッツが楽長として中核を担った、前古典派の管弦楽基盤を作った中心人物である。
ピアノの発明と鍵盤文化
1700年頃、イタリアで転換が起きた、バルトロメオ・クリストフォリがピアノを発明した。
正式名はクラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテである。
1709年頃の文献言及もしばしば参照される、新鍵盤楽器の登場で表現領域が拡大した。
作曲語法の変化
通奏低音中心の書法から離れた、それ以前の鍵盤音楽は通奏低音が中心であった。
アルベルティ・バスなど伴奏技法が普及した。
ギャラント様式と多感様式が併存した、和声感と調性対比の明確化が進んだ。
ソナタ形式原理の基盤が形成された。
オペラの二重系と改革
オペラでは二潮流が併存した、オペラ・セリア(セーリア)は神話・歴史題材の正歌劇である。
アレッサンドロ・スカルラッティらが確立した、オペラ・ブッファはインテルメッツォ由来の喜歌劇である。
インテルメッツォはオペラ・セリアの幕間劇である。
ジョヴァンニ・ペルゴレージ《奥様女中》は成立を象徴する、この作品は起点の一つとして扱われる。
グルックは歌手中心主義を抑えた、劇と音楽の統一を重視した。
オペラ改革として改革を主導した。
《オルフェオとエウリディーチェ》は代表作である、前古典派はオペラ実践でも再編期であった。
音楽思想・技法
主要概念
- ギャラント様式は明快なホモフォニーを重視する、簡潔な楽想を志向する。
- 多感様式は感情振幅と繊細表出を重視する、C.P.E.バッハが代表である。
バロックの過剰装飾への反発も背景である。 - 演奏者の感情表現と主体性を重視する。
- ソナタ形式の原理は前古典派で形成された、基本は提示部・展開部・再現部である。
提示部は第1主題を主調、第2主題を属調で示す、展開部は主題断片を用いて転調する。
再現部は両主題を主調で回収する。
作曲家
ドイツ語圏の中核
- ヨハン・シュターミッツはマンハイム楽派の中心である、交響曲と4楽章形式の整備に貢献した。
ソナタ形式普及にも影響した。 - カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが該当する、別表記はC.P.E.バッハである。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの子である、鍵盤音楽・シンフォニア・協奏曲に業績を残した。 - ヨハン・クリスティアン・バッハ(J.C.バッハ)は初期古典派の作曲家である。
鍵盤協奏曲(チェンバロ・ピアノ)を開拓した、若年期モーツァルトへ影響した。
イタリア・オペラ文脈
- アレッサンドロ・スカルラッティはナポリ楽派の祖である、ダ・カーポ・アリアを確立した。
《ピロとデメトリオ》よりすみれ(アリア)が知られる。 - ジョヴァンニ・ペルゴレージはオペラ・ブッファの基礎を築いた。
古典派的明快さを先駆的に示した、代表作は《奥様女中》である。 - クリストフ・ヴィリバルト・グルックはオペラ・セリア改革を主導した。
劇的統一を重視した、《オルフェオとエウリディーチェ》が代表作である。
オペラを音楽・演技・脚本の統一表現へ再構成した。
ウィーン古典派(18世紀後半〜19世紀初頭:ハイドン/モーツァルト)
世界史
時代枠と地域
18世紀末〜19世紀初頭である、オーストリア・ドイツが中心である。
ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンが古典派様式を確立した。
最狭義は1780〜1820である、広義は1732〜1827を含む。
ベートーヴェン後期はロマン派へ接続する、古典派は長い移行帯を含む時代区分である。
帝国秩序と都市ウィーン
ウィーンはハプスブルク帝国の中心である、宮廷・劇場・出版が集積した。
神聖ローマ帝国は1806に解体した、以後はオーストリア帝国体制へ移行した。
マリア・テレジアとヨーゼフ2の改革も重要である。
ルドルフ1(13世紀)以降、王朝基盤が拡大した、15世紀以降の継承構造にも連続する。
マリー・アントワネット(マリア・テレジアの娘)は同時代人物である。
ハプスブルク家とフランス宮廷文化の連結を示す、ドナウ川流域の交通結節性も集積を後押しした。
帝国制度と都市機能が作曲活動を支えた。
思想潮流と感情表現
啓蒙主義(啓蒙思想)は理性・秩序・合理を重視した、芸術のパトロンは王侯から市民へ移行した。
社会契約・自由・権利観も浸透した、J.-J.ルソーの自然/模倣論は音楽美学へ影響した。
王権神授説への反動も背景にある。
疾風怒濤運動(シュトゥルム・ウント・ドランク)で感情と情熱が前面化した。
ハイドン=理性寄り、ベートーヴェン=情動寄りの対比で語られる。
理性と情熱の緊張が古典派理解の鍵である。
音楽史(ジャンル・形式)
ジャンル整備
古典派はジャンル整備と形式確立の時代である、クラシック音楽の基礎を形成した。
交響曲・弦楽四重奏曲・ピアノ曲が成熟した、ハイドン(100曲以上)が軸になった。
モーツァルト(41曲)とベートーヴェン(9曲)が完成へ導いた。
開始時期は通例18世紀前半〜中頃である。
バッソ・コンティヌオ(通奏低音)慣習から離れた、主旋律と伴奏の関係が明確化した。
ホモフォニー書法が標準化した、変奏曲は古典派ピアノでソナタと並ぶ主要形式である。
オペラではオペラ・セリアとオペラ・ブッファが並行した。
オラトリオは宗教音楽として継続した、古典派はジャンル横断で体系化が進んだ。
書法転換とソナタ形式
ソナタ形式は楽曲構造の基本である、第一楽章でとくに定着した。
主題・動機・モチーフの展開が統一と発展を生む、主題動機労作(動機労作)が核となる。
主題動機の展開を中心に設計する。
ギャラント様式はバロック的装飾を抑えた、明快な旋律と簡潔な和声を重視する。
ホモフォニー中心から、主題動機の展開へ移行した。
オブリガート声部導入で管楽器も固定的パート化した、通奏低音中心の即興・アドリブ実践から。
楽譜固定の書法へ移行した、装飾中心から構造中心へ転換した。
理論化と歴史理解
歴史的起源は二部構造にある、前半は主調→属調へ進みる、短調では平行調を取る場合がある。
後半は主調へ戻りる、感覚依存から構造化への移行でもある。
19世紀中盤にA.B.マルクスが理論を体系化した、ただしウィーン古典派への遡及適用では解釈差が生じる。
19世紀理論は主題対比を強調しがちである、18世紀作品分析では再現の把握が枢要である。
理論史と実作法の差を区別して読む必要がある。
ハイドン
人物と位置づけ
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)である。
「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と称される、エステルハージ家に仕えて多作した。
交響曲は106と数える整理がある。
弦楽四重奏曲は67(約70)と整理される。
代表作品
- 《朝》《昼》《夜》は初期作品である、コンチェルト・グロッソ様式を残する。
- 《告別》ほか短調交響曲群が重要である、疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)期の代表例である。
学習上は《7曲の短調交響曲》と総称する場合がある。 - 《パリ交響曲》は委嘱作品群である、第92番《オックスフォード》も重要である。
第94番《驚愕》は第2楽章が有名である、《ザロモン交響曲》(ロンドン交響曲)も代表作である。 - 《ロシア弦楽四重奏曲》(ロシア四重奏曲)は6曲である、四重奏語法の基準を提示した。
- 《天地創造》《四季》は後期オラトリオである、前者は宗教題材、後者は世俗題材である。
《ミサ・サンクティ・ニコライ》は代表的ミサ曲である。
形式均衡と編成
形式均衡は古典派美学の中核である、弦楽四重奏曲は4人編成である。
第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロで構成される。
通奏低音を置かない自立4声部として定着した、ハイドンはこの語法確立の中心人物である。
モーツァルト
人物と活動基盤
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトである、1756年生まれ、1791年没である。
35歳で早世した、幼少期から神童として知られた、前古典派と古典派語法を吸収した。
ハイドンからも大きな影響を受けた、自由音楽家としてウィーンで活動した。
定職には就かなかった、生涯は裕福ではなかった。
ただし技量は同時代に高く評価された。
器楽分野
交響曲・ピアノ協奏曲・オペラ・室内楽で活躍した、声楽作品も多く残した。
古典派声楽にも大きく貢献した、J.C.バッハ語法を継承した、ピアノ協奏曲を高度化し完成へ導いた。
ハイドンセットで弦楽四重奏曲を献呈した、6曲から成る弦楽四重奏曲集である。
《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は代表作である、K.525のセレナードである。
最も有名なセレナードの一つである。
小規模交響曲的に扱われることもある、3大交響曲は第39・40・41番である。
《交響曲第39番》と《交響曲第40番》を含む、第41番は《交響曲第41番〈ジュピター〉》である。
《ジュノム協奏曲》(《ジュノーム協奏曲》)は第9番である、特に優れたピアノ協奏曲とされる。
《トルコ行進曲》はK.331の第3楽章である、《ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331》に属する。
オペラと宗教音楽
《フィガロの結婚》は貴族社会への批判を含む、当時は検閲対応が必要であった。
上演には困難が伴いた、《ドン・ジョヴァンニ》はスペイン伝説を基にする。
悲劇性と喜劇性が交錯するオペラである。
《コジ・ファン・トゥッテ》は忠誠を試す喜劇的作品である、男女の浮気性も描きる。
初演時は賛否が分かれた、倫理的批判も受けた、死後を含む後世で評価が定着した。
台本作家ダ・ポンテとの協働作である、三作はダ・ポンテ三大オペラで、オペラ・ブッファである。
いずれもイタリア語オペラである、《魔笛》と《後宮からの誘拐》はジングシュピールである。
ドイツ語で、しゃべり科白が入り、レチタティーヴォに代わる。
《夜の女王のアリア》は最高難度級のソプラノ曲である、《パパゲーノのアリア》は鳥刺しの性格を示す。
《パ・パ・パ》も有名である、《魔笛》はエジプト神話的意匠を持つ。
《魔笛》はフリーメイソン思想も象徴する。
啓蒙主義とフリーメイソン思想も読める、18世紀ウィーンはハプスブルク家統治下であった。
皇帝ヨーゼフ2世の国民劇場政策が背景である、ドイツ語ジングシュピール創作が推進された。
《後宮からの誘拐》は1782年7月16日初演である。
初演会場はウィーンのブルク劇場である、《アヴェ・ヴェルム・コルプス》は晩年の教会音楽である。
《レクイエム》は宗教音楽の代表作である、死者のためのミサ曲(レクイエム・ミサ)である。
典礼文に基づく作品である。
オラトリオに連なる劇的宗教声楽の影響がある、合唱と対位法的処理が見られる。
《レクイエム》作曲中に病没した、未完部分は弟子ジュスマイヤーらが補筆した。
現在演奏される版が定着している。
関連語と周辺作曲家
基本語
- ジングシュピールは18世紀中頃に成立した、ドイツ語テクストの歌芝居である。
歌唱曲の間にしゃべり科白が入りる、市民階級を主人公にする喜劇も多いである。 - オペラ・ブッファは喜劇的内容のイタリア語オペラである、オペラ・セリアは王侯貴族や歴史上/神話上の人物を題材にする。
レチタティーヴォとアリアを中核に据える。 - 献呈は作品を捧げる慣習である、貴族や尊敬する人物が対象である。
- セレナードは多楽章の器楽曲である、主に18世紀に多く書かれた。
夜会・祝宴・屋外行事で演奏された、交響曲より軽快な語法を取りやすいである。 - 《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》はK.525のセレナードである。
パパゲーノのアリアは鳥刺しパパゲーノ像を示す、夜の女王のアリアは最高難度の技巧で知られる。
周辺作曲家
- 《魔弾の射手》はC.M.v.ウェーバー作曲である、ウェーバーとも表記する。
1821年にベルリンで初演された、ドイツ・ロマン主義オペラ確立の画期である。 - C.M.v.ウェーバーである、カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786〜1826)である。
ドイツ語オペラの自立を推進した、民間伝承・自然・超自然を扱うロマン主義様式を確立した。 - 《オイリアンテ》(1823)と《オベロン》(1826)も主要オペラである。
ウィーン古典派(18世紀後半〜19世紀初頭:ベートーヴェン)
世界史
革命と秩序再編
- 18世紀末〜19世紀前半である、1789フランス革命後の諸革命で。
欧州秩序が動揺した、市民意識が高揚した。 - 1806神聖ローマ帝国が解体した、1814〜1815ウィーン会議で。
勢力均衡と反動体制が再編された。
反動体制と公共圏
- 1819年のカールスバート勅令で、言論統制が強化された、自由主義的芸術家に。
「精神的亡命」傾向が広がった。 - 啓蒙思想と産業勃興の余波で、公共コンサートと出版が普及した、音楽家は宮廷依存から。
自立へ移行した。
音楽史
ウィーンと交響曲理念
- 18世紀末のウィーンは、ハプスブルク都で多民族文化の坩堝であった。
交響曲は社交の余興から、芸術理念の媒体へ転換した。 - 交響曲の理念化:、交響曲を娯楽的ジャンルから、思想・倫理・人間観を担う。
中心ジャンルへ高める動向である。
作曲語法と編成拡張
- ソナタ形式の内部で、主題動機労作を徹底した、ドラマ性と構造統一を拡張した。
例: 交響曲第5番《運命》である。 - 1824年《交響曲第9番》で、合唱を導入した、シラー「歓喜に寄す」を掲げる。
トライアングル・シンバル・大太鼓を加え、声楽と器楽を統合した。 - フォルテピアノ改良が進んだ、英式ブロードウッド社の贈呈楽器が。
1818年にベートーヴェンへ到着した、後期ピアノ作品を後押しした。
ベートーヴェン略歴
生涯と活動基盤
- 1770生〜1827没である、ボンからウィーンへ活動拠点を移した。
楽聖である。 - 1792年にウィーンへ本格移住した、21歳で、22歳になる年であった。
ハイドンに師事した。 - リヒノフスキー侯とルドルフ大公らが、有力パトロンとして支援した。
1796〜1798年には、プラハ・ベルリン巡演で即興名声を確立した。 - 1809年には三貴族の終身年金を得た、宮廷依存からの自立が進んだ。
創作転機と後期様式
- 1802年のハイリゲンシュタット遺書で、難聴と芸術使命を告白した。
様式は前期・中期・後期に三分される、中期は傑作の森(1803〜1812)である。 - 英雄様式:、中期の力動的動機展開・拡大構成・、公共的理念表出を示す語である。
- 1812年「不滅の恋人」書簡、(アントニー説)以後は、内省的後期様式が深化した。
- 1815年には甥カール後見争いで、精神的苦悩が深刻化した。
- 1818年以降は完全失聴であった、1824年の交響曲第9初演で。
国民的英雄化が進んだ、1827年葬儀は二万人超が参列した。
主要作品
交響曲
- 交3《英雄》(1804年)、ベートーヴェン作曲である、ナポレオン献呈撤回を経て。
個的英雄像を提示した。 - 交5《運命》(1808年)、冒頭運命動機で全曲を統一する、動機労作の典型である。
- 交6《田園》(1808年)、自然情景を描く5楽章である、標題交響曲の先駆である。
- 交9《合唱》(1824年)、声楽導入で理念を普遍化した、編成拡大も実現した。
ピアノ・ソナタ
- ソナタ8《悲愴》(1799年)、劇的序奏と哀感の対比が特徴である。
- ソナタ14《月光》(1801年)、第1楽章は幻想的アダージョである。
13番とともに幻想ソナタに数えられる、第1楽章はソナタ形式を用いない。 - アダージョは速度標語である、「ゆるやかに(遅く)」を指す。
- ソナタ21《ヴァルトシュタイン》(1804年)、広大コーダと分散和音で終結する。
- ソナタ23《熱情》(1805年)、ヘ短調・作品57である、激烈な和声と推進力が特徴である。
- ソナタ26《告別》(1810年)、私的体験を標題化した。
- ソナタ29《ハンマークラヴィーア》(1818年)、最大規模である。
遠隔転調と複雑フーガが中核である。
室内楽・協奏作品
- 弦楽四重奏曲《ラズモフスキー》(1806年)、第7〜第9番(作品59)の3作である。
ロシア主題(第1・第2番中心)を引用し、規模拡大で中期様式を示した。 - 後期弦楽四重奏:、第12〜第16番を中心に、対位法的凝縮と内省性を示す。
- Pf協5(ピアノ協奏曲第5番)《皇帝》(1809年)、独奏と管弦の対等対話で。
古典協奏曲の到達点を示した。 - 《ロマンス第2番》(1798年)、ヴァイオリンと管弦楽、作品50の。
抒情的名作である。 - 《ロマンス第1番》(1802年刊)、同ジャンルの作品40である。
- Vnソナタ(ヴァイオリンソナタ)《春》(1801年)、朗らかな長調と歌謡性が特徴である。
- Vnソナタ《クロイツェル》(1803年/1805年刊)、前奏的な第1楽章を持つ。
急迫フィナーレと超絶技巧で、規模を拡張した。
オペラ・宗教作品
ロマン主義(19世紀:地域別導入)
ロマン主義音楽-ドイツ,オーストリア(19世紀)
思想と社会背景
- ロマン主義は、均整重視の古典主義への反動である、情動と非合理性を肯定する。
文学運動と連動した。 - 主観性は、作曲家個人の内面を、創作中心に据える態度である。
- 感情表出は、喜怒哀楽や不安・憧憬を、旋律・和声・強弱で前面化する書法である。
- 1789年のフランス革命と、1803〜1815年のナポレオン戦争を経て。
絶対王政と封建主義秩序が動揺した、資本主義と市民ナショナリズム。
(国民国家意識)が形成された。 - 封建主義は、生まれで将来が決まりやすい身分秩序である、資本主義は。
市場・資本・賃労働を基盤とする体制である。 - 図式理解では、絶対王政=主権国家、国民国家=資本主義の対比で整理する。
- 社会変化は、公開演奏会・楽譜出版・市民聴衆の拡大を通じ、ロマン派受容基盤を作った。
- 時期区分は、1800年頃(初期)〜1850年頃(盛期)〜、1900年頃(後期)である。
音楽語法と美学対立
- 叙情的旋律が重視された、リズム優位の書法も目立った、性格的小品。
(ノクターン・即興曲・無言歌)や、舞曲が普及した。 - 調性は多様化した、遠隔転調や半音階化が進んだ、一方でソナタ形式。
二部形式、三部形式も併存した。 - ヴィルトゥオーソ文化が拡大した、パガニーニ(ヴァイオリン)の。
超絶技巧が熱狂を生んだ、リスト(ピアノ)の、リサイタルも同様に大衆化した。 - 標題音楽は、交響詩に代表される、物語・情景・感情の標題にもとづく。
器楽音楽である。 - 絶対音楽は、19世紀中盤のドイツ語圏で確立した概念である、標題を持たず。
音楽自体の構造美を目的とする。 - 19世紀後半には、ハンスリックの議論を背景に、ブラームスとワーグナーの。
対置図式が広がった。
ロマン主義音楽イタリア・フランス・国民楽派
地域横断の潮流
- 19世紀全般の動向である、イタリア・フランス・ロシア・中欧北欧で。
フランス革命後の市民社会と、ナショナリズムが芸術を再編した。 - 国民主義(ナショナリズム)は、自国語・民謡・歴史題材を音楽へ取り込み。
文化的独自性を示す思想である。 - オペラは文化アイデンティティを表象した、一方でオペレッタも都市娯楽として普及した。
オッフェンバックと、ヨハン・シュトラウス2世が代表である。
政治運動との接続
フランスの時代背景と美術連動
制度・技術・文学
- 1830年代〜1840年代前半は、革命後の制度再編期であった。
グランド・オペラが興隆した。 - 1839年、ダゲレオタイプ写真法が公表された。
- 1857年、シャルル・ボードレールが、《悪の華》を出版した。
展覧会と印象主義受容
- 1889年のパリ万国博覧会は、フランス革命100周年記念であった。
ガムラン紹介が、後の印象主義に影響した。 - 1874年のパリ、(ナダール旧アトリエ)で、クロード・モネ《印象・日の出》を含む。
第1回印象派展が開催された。 - 印象主義は本来絵画語である、批評家の揶揄的呼称として始まった。
のちに音楽語彙へ転用された。
国民楽派の地域展開
運動の拡大
- ヨーロッパ周縁諸国で、国民楽派が誕生した、ロシア五人組・チェコ・北欧・ウィーンの。
ワルツが象徴例である。 - ロシア五人組は、バラキレフ・キュイ・ムソルグスキー・、ボロディン・リムスキー=コルサコフである。
- チャイコフスキーは、五人組と独立した路線を形成した。
地域別の代表作曲家
- チェコでは、スメタナとドヴォルザークが中心である。
- 北欧では、エドヴァルド・グリーグ(ノルウェー)が民族性を音楽化した。
カール・ニールセン(デンマーク)は、国民楽派的潮流を主導したとされる。
ジャン・シベリウス(フィンランド)は、民族叙事詩を音楽化した。 - ヨハン・シュトラウス父子は、ウィーンのワルツ、(ウィンナ・ワルツ)を体系化した。
地域別音楽史(イタリア・オペラ/フランス・オペラ)
イタリア・オペラの展開
- イタリア・オペラは、19世紀を通じて中心ジャンルであった、ロッシーニ期は。
18世紀様式を継承した。 - ドニゼッティ・ベッリーニ期は、オペラ・ブッファとベルカントを成熟させた。
ヴェルディ期は、国民的情熱を前面化した。 - 終盤は写実主義(現実主義)、(ヴェリズモ)が反映された、マスカーニ・プッチーニ期へ接続する。
フランス・オペラと管弦楽
- フランス・オペラは、バレエと合唱を伴う、グランド・オペラと、オペラ・コミックへ分化した。
- マイヤベーアが、グランド・オペラを典型化した、グノー・ビゼーは。
オペラ・コミックと抒情オペラを展開した。 - ベルリオーズは、表題音楽・固定楽想・大規模管弦楽法を導入した。
後期ロマン派へ大きく影響した。 - サン=サーンス・フランク・フォーレは、自国様式を探求した、フランクは循環形式でも重要である。
ワーグナー受容も背景にある、フォーレはメロディーでも重要である。
印象主義と国民楽派の接点
- ドビュッシー・ラヴェルの、印象主義音楽は、非機能和声と楽器使い分け。
音色重視へ転換した、旋法活用も顕著である。 - 動機労作の展開より、和声と音色の移ろいによる、印象喚起を優先する傾向がある。
- 国民楽派は、民族舞曲や民謡引用で固有性を示した、代表例はグリーグ《ピアノ協奏曲イ短調》。
ムソルグスキー《展覧会の絵》、スメタナ《モルダウ》である。
用語整理
オペラ関連語
- オペラ・ブッファ:、軽妙な喜劇的オペラである。
- グランド・オペラ:、バレエ・合唱を伴う、壮大なフランス語オペラである。
- トラジディ・リリック:、主に17〜18世紀フランス宮廷の、悲劇オペラである。
フランス版オペラ・セリアに相当する。 - オペラ・コミック:、フランス語台詞を含むオペラである、喜劇が主であるが。
後に悲劇題材も扱いる。 - オペレッタ:、対話を多く含む軽快・風刺的、大衆志向の歌劇ジャンルである。
ウィーン・パリで流行した。
美学・作曲語法
- 表題音楽:、明確な物語・題名を持つ、管弦楽曲である。
- 固定楽想(イデー・フィクス):、同一旋律を、物語的に再出現させる手法である。
- 写実主義(現実主義):、人間社会や自然界を、過度に美化せず描く美学である。
- ヴェリズモ:、19世紀末イタリア・オペラにおける、写実主義(現実主義)の潮流である。
庶民生活と心理を時系列で描きる。 - 印象主義音楽:、音色・旋法・響きの移ろいを重視する。
- 印象主義:、本来は絵画用語である、音楽では非機能和声と音色重視を指す。
便宜的呼称である。 - 国民楽派:、民族固有の旋律・リズムを用いて、自国様式を確立する潮流である。
- 超絶技巧:、高速音型・大跳躍・重音・連打など、通常水準を超える演奏難度の様式である。
- 超絶技巧練習曲:、高難度技法の習得と、演奏会効果を兼ねる練習曲である。
代表はリストである。
作曲家一覧(タスク範囲収録名)
イタリア・フランス系
- ジョアキーノ・ロッシーニ、ガエターノ・ドニゼッティ、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ。
- ジュゼッペ・ヴェルディ、ピエトロ・マスカーニ、ジャコモ・プッチーニ。
- ジャコモ・マイヤベーア、シャルル・グノー、ジョルジュ・ビゼー。
エクトル・ベルリオーズ。 - カミーユ・サン=サーンス、セザール・フランク、ガブリエル・フォーレ。
ロシア・東欧・北欧系
ロマン主義(19世紀:ドイツ・中欧・各国作曲家前半)
音楽史
前期から後期への推移
- ロマン派前期はシューベルトの歌曲・交響曲に始まり、個人の感情と詩的世界を音楽へ拡張。
- メンデルスゾーン・シューマン・ショパンが、表題性(主にメンデルスゾーン・シューマン)。
ピアノ技巧(主にショパン)、音楽評論(主にシューマン)を発展。 - 中期はリストの超絶技巧とワーグナーの楽劇・トリスタン和音で調性と形式を拡張し。
半音階主義の深化が進行。 - 後期はブラームスが絶対音楽を標榜して古典回帰を示し、後世の新古典主義にも接続。
思想・批評・国民意識
作曲家各論(前半)
前期ロマン派の中核
- フランツ・シューベルト(1797〜1828): ロマン派先駆者。
600曲超の歌曲と室内楽・交響曲を遺す、主要作《未完成交響曲》《冬の旅》《魔王》《糸を紡ぐグレートヒェン(糸を紡ぐグレーティヒェン)》。
《糸を紡ぐグレートヒェン》D118ではピアノ伴奏が心理描写を主導。
バッソ・コンティヌオ的実践から自立した伴奏へ移行、《美しき水車小屋の娘》D795(ヴィルヘルム・ミュラー詩。
20曲)と《冬の旅》D911は代表的連作歌曲、《冬の旅》には《菩提樹》を含む。
室内楽では《ピアノ五重奏曲イ長調 D667「ます」》が重要。 - フェリックス・メンデルスゾーン(1809〜1847): 前期ロマン派の中核でバッハ復興に寄与。
《フィンガルの洞窟(ヘブリディーズ序曲)》は標題音楽の先駆的演奏会用序曲。
《交響曲第4番「イタリア」》《同第3番「スコットランド」》《夏の夜の夢》(劇付随音楽)。
《無言歌集》(ピアノ性格的小品集)を残す。 - ロベルト・シューマン(1810〜1856): 作曲家・音楽評論家として新音楽時報を創刊。
《子供の情景》《詩人の恋》《幻想小曲集》を作曲し、《子供の情景》《幻想小曲集》は代表的性格的小品集。 - フレデリック・ショパン(1810〜1849): 「ピアノの詩人」。
ポーランド色と高度技巧を融合し、《英雄ポロネーズ》、《黒鍵のエチュード》。
《革命のエチュード》《子犬のワルツ》、多数のマズルカ・ノクターン(性格的小品)を残す。
《黒鍵のエチュード》=練習曲Op.10-5、《革命のエチュード》=練習曲Op.10-12。 - フランツ・リスト(1811〜1886): 超絶技巧ピアニストで交響詩を創始。
《ラ・カンパネラ》《マゼッパ》《ハンガリー狂詩曲》《超絶技巧練習曲》《交響詩「前奏曲」》を作曲。
《マゼッパ》は《超絶技巧練習曲》の代表曲、《ハンガリー狂詩曲》のハンガリー風はロマ楽団語法を反映し。
チャールダーシュ(ラッサン+フリッシュ)の対照とツィンバロム想起の打鍵音型が特徴。
ドイツ語圏の中後期展開
- リヒャルト・ワーグナー(1813〜1883): ロマン主義の作曲家で楽劇(音楽劇)を提唱。
古代ギリシャ悲劇を理想化した総合芸術観に立ち、示導動機(ライトモティーフ)で人物心理を描写。
主要作《さまよえるオランダ人》《ローエングリン》《トリスタンとイゾルデ》。
楽劇四部作《ニーベルングの指環》を作曲、内訳は《ラインの黄金》《ワルキューレ》《ジークフリート》《神々の黄昏》である。
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》も重要作である。 - ヨハネス・ブラームス(1833〜1897): 絶対音楽を標榜し、古典形式とロマン派情緒を融合。
《交響曲第1番》《ピアノ協奏曲第2番》《ハンガリー舞曲》を作曲。
《ピアノ協奏曲第1番》《ピアノ協奏曲第2番》は独奏と大規模管弦楽が対等に渡り合う代表例。
室内楽では《クラリネット五重奏曲ロ短調 作品115》が重要。 - アントン・ブルックナー(ブルックナー、1824〜1896): オーストリア後期ロマン派。
《交響曲第4番「ロマンティック」》《交響曲第7番》《交響曲第8番》で巨大構成を展開。 - リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949): 後期ロマン派の頂点で、豪壮華麗な管弦楽書法を確立。
《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》、《ツァラトゥストラはかく語りき》。
《サロメ》《ばらの騎士》を作曲。 - グスタフ・マーラー(マーラー、1860〜1911): 巨大編成で近代への橋渡し。
《交響曲第2番「復活」》《交響曲第5番》を作曲し、《交響曲第5番》第1楽章は葬送行進曲で知られる。 - ヒューゴ・ヴォルフ(ヴォルフ、1860〜1903): 後期リート革新。
《イタリア歌曲集》《スペイン歌曲集》《ミケランジェロ歌曲集》を作曲し、文学性を高めた。
イタリア・オペラ史(19世紀)
- ジョアキーノ・ロッシーニ(1792〜1868): イタリア・オペラのベルカント様式を完成。
《セビリアの理髪師》《ウィリアム・テル》《セミラーミデ(セムラメード)》を作曲。 - ガエターノ・ドニゼッティ(1797〜1848): ベルカント終盤を担い、約70作を作曲。
《愛の妙薬》《ランメルモールのルチア》《リタ(リタの日記)》を残す。 - ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801〜1835): 長大旋律で知られるベルカント悲劇の典型。
《夢遊病の女》《ノルマ》を作曲。 - ジュゼッペ・ヴェルディ(1813〜1901): 劇的オペラでイタリア統一期の国民感情を鼓舞。
《ナブッコ》《リゴレット》《アイーダ》《椿姫》《マクベス》を作曲。
カイロのケディーヴ・オペラ座は1869年開場、ヴェルディ《アイーダ》は1871年12月24日初演。
《マクベス》はシェイクスピア戯曲に基づく。 - ピエトロ・マスカーニ(1863〜1945): ヴェリズモ(写実主義(現実主義))オペラの先駆。
《カヴァレリア・ルスティカーナ》《友人フリッツ》を作曲。
《カヴァレリア・ルスティカーナ》はシチリア島の村を舞台にした代表的ヴェリズモ作品。
楽器製作と上演実務
- アドルフ・サックス(1814〜1894): ベルギー生、主にパリで活動。
サクソフォン発明者で、サクスホルンなど金管楽器群を改良。
A.サックスは《アイーダ》上演に際し、直管ファンファーレ・トランペットの設計・製作に関与した。
この楽器はアイーダ・トランペットとも呼ばれる、解説によっては古代エジプト遺物図像(ルーヴル資料を含む)参照が述べられる。
ロマン主義(19世紀:同章後半)
作曲家2(補遺)
イタリア・フランスのオペラ展開
- ジャコモ・プッチーニ(1858〜1924): イタリアオペラ最後の巨匠。
《トスカ》《蝶々夫人(マダム・バタフライ)》《ラ・ボエーム》を作曲。
ヴェリズモ潮流の中で《ラ・ボエーム》は日常心理を描く代表作。 - ジャコモ・マイヤベーア(1791〜1864): フランス語グランド・オペラを確立。
- シャルル・グノー(1818〜1893): オペラ(オペラ・コミック・抒情オペラ)と宗教音楽を発展。
《ファウスト》《ロメオとジュリエット》《聖チェチーリア荘厳ミサ》を作曲。 - ジョルジュ・ビゼー(1838〜1875): 写実的ドラマでオペラ・コミックに新風。
《カルメン》《アルルの女》組曲、《子供の遊び》を作曲。
フランス管弦楽と印象主義
- エクトル・ベルリオーズ(1803〜1869): 表題音楽と大規模管弦楽法の革新者。
《幻想交響曲》《レクイエム》を作曲。 - クロード・ドビュッシー(1862〜1918): 印象主義音楽を象徴。
《牧神の午後への前奏曲》、《海》(管弦楽のための3つの交響的素描)《月の光》。
《ペレアスとメリザンド》を作曲、《海》は1905年10月15日にパリ初演。
象徴派詩を多く音楽化し、ポール・ヴェルレーヌ詩による《アリエット・ウブリエ》。
《フェット・ギャラント》、ステファヌ・マラルメ詩による《トロワ・ポエム・ド・ステファヌ・マラルメ》を作曲。 - モーリス・ラヴェル(1875〜1937): 印象主義と新古典主義を架橋。
管弦楽法と古典形式志向を示した、《ボレロ》《ダフニスとクロエ》《展覧会の絵(ムソルグスキー編曲)》を作曲。
《水の戯れ》《クープランの墓》も代表作である、《クープランの墓》はバロック組曲参照による懐古趣味の代表例。
モーリス・ベジャールは《ボレロ》に現代的振付を与え、20世紀バレエ団(1960年。
ブリュッセル)を主宰、映画《愛と哀しみのボレロ》でも知られる。
ロシア・中東欧・北欧の展開
- モデスト・ムソルグスキー(1839〜1881): リアリズム(写実主義(現実主義))を追求。
ロシア語オペラとピアノ組曲で名声を得て、《展覧会の絵》《ボリス・ゴドゥノフ》を作曲。
旧メモ《ハプスブルクの死》は作品名として不適切、《展覧会の絵》はロシア民謡風語法がしばしば指摘される代表的組曲。 - ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844〜1908): 管弦楽法の達人。
《シェヘラザード》《熊蜂の飛行》を作曲。 - ピョートル・チャイコフスキー(1840〜1893)、《白鳥の湖》《眠れる森の美女》《くるみ割り人形》《悲愴(交響曲第6番)》を作曲。
《ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調》は豪壮な導入で知られ、ブラームスと並ぶ後期ロマン派の代表的ピアノ協奏曲。 - ベドルジハ・スメタナ(1824〜1884): チェコ国民楽派の祖。
《我が祖国》より《ヴルタヴァ(モルダウ)》で民族的交響詩を示す。 - アントニン・ドヴォルザーク(1841〜1904)、《交響曲第9番「新世界より」》《弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」》を作曲。
- エドヴァルド・グリーグ(1843〜1907): ノルウェー・北欧音楽を国際化。
《ペール・ギュント組曲》より《山の魔王の宮殿にて》、および《ピアノ協奏曲イ短調》を作曲。
原作戯曲はヘンリック・イプセン《ペール・ギュント》で、ヘンリック・イプセンは《人形の家》でも知られる。 - カール・ニールセン(ニールセン、1865〜1931): デンマーク国民楽派の代表で。
《交響曲第4番「不滅」》を作曲。 - ジャン・シベリウス(シベリウス、1865〜1957): フィンランド民族叙事詩を音楽化し。
《フィンランディア》を作曲。
ウィーン舞曲文化
- ヨハン・シュトラウス1世(1804〜1849): 「ワルツの父」。
《ラデツキー行進曲》《タウベルル・ワルツ(タウバーリン・ワルツ)》を作曲。 - ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899): 「ワルツ王」。
オペレッタと舞曲で活躍し、《美しく青きドナウ》《こうもり》《トリッチ・トラッチ・ポルカ》を作曲。
ウィンナ・ワルツの代表的作曲家である。
用語・技法
声楽と形式の語彙
- ベルカント様式: 声の持続と華麗なパッセージを特徴とするイタリア歌唱法。
- 連作歌曲(リーダーツィクルス/リーダークライス): 複数歌曲を一定順序で束ねて物語連関を形成。
- 例: 《美しき水車小屋の娘》《冬の旅》《詩人の恋》。
- 通作歌曲: 1曲内部で詩の進行に応じて音楽を連続変化させる形式(連作歌曲とは別概念)。
様式概念と美学
- 表題音楽: 物語・詩的題材に基づく器楽曲(例: ベルリオーズ《幻想交響曲》)。
- 絶対音楽: 標題を排し純粋形式美を追求する概念。
- 印象主義: 本来絵画用語で、音楽では非機能和声・音色重視の便宜的呼称。
- 新古典主義: ロマン主義への反動として、17・18世紀の様式を近代語法で再構築。
和声・動機と民族語法
- トリスタン和音: 後期ロマン派和声の象徴。
- 半音階主義: 半音進行多用で調性を曖昧化・拡張する語法。
- 示導動機(ライトモティーフ): 人物・感情・理念に対応する短い動機を反復・変形する技法。
- チャールダーシュ: ハンガリー舞曲で、ラッサンとフリッシュの対照を核とする。
- ツィンバロム: 金属弦を打って鳴らす打弦楽器。
- ロマ楽団: 19世紀ハンガリー都市部の職業楽団で「ハンガリー風」語法を普及。
- 典型編成: ヴァイオリン主奏(プリマーシュ)・ツィンバロム・ヴィオラ(コントラ)・コントラバス。
同時代史料ではジプシー楽団とも呼ばれる。 - ロシア五人組(バラキレフ/キュイ/ムソルグスキー/ボロディン/リムスキー=コルサコフ)は。
民族旋律と管弦楽色彩でロシア国民楽派を形成。
20世紀前半(1914〜1945)
世界史
戦争と国際秩序
- 19世紀のナショナリズム高揚と帝国主義競争が、第一次世界大戦(1914–1918)と第二次世界大戦(1939–1945)へ連鎖。
- 戦禍と技術革新の中でモダニズムが登場し、「過去否定」と「新技法探求」が芸術家の課題となる。
視覚芸術と前衛
- モダニズム期のイタリアでは未来派が速度・機械・都市性を称揚し、芸術の自律性を押し広げた。
- カンディンスキーは抽象絵画を先導し、色彩と形態それ自体で精神性を表現。
- デュシャンはレディメイドで価値判断そのものを問い直した。
音楽史
新ウィーン楽派と12音
- ドイツ語圏の新ウィーン楽派(シェーンベルク・ベルク・ヴェーベルン)は無調から12音技法を確立。
同時に表現主義の語法を推し進め、近代音楽観を更新した点が重要である。 - 1910年代末〜1920年代に理論化された12音技法は。
1933年ナチスドイツ政府の誕生後に亡命が進み、アメリカへ拠点移動。 - 12音技法は12音列を核に、反行(反転)・逆行・転回・移高で構築する作曲法。
関連表記として12音法・12音も用いられる。 - 自由無調〜表現主義ではアフォリズム形式やシュプレヒシュティムが顕著。
未来派・原始主義・新古典
- ルイージ・ルッソロ(ルッソロ)は『騒音芸術』で都市騒音を肯定。
イントナルモーリによる騒音管弦楽の先駆的な実験構想を提示した。 - この発想は後の具体音楽・電子音楽にも接続する。
- イーゴリ・ストラヴィンスキー《春の祭典》(1913)は。
原始的リズムと複調和声で原始主義を象徴し、衝撃的モダンの代名詞となる。 - ストラヴィンスキーはロシア出身だが、《春の祭典》初演(1913)はパリでの前衛環境と密接に連動。
- フランスのサティは《家具の音楽》でBGM概念を導入し、ダダと連携。
- 若手集団レ・シス(ミヨー・プーランクほか)は新古典主義へ進む。
霊性・政治・アメリカ展開
- メシアン・ジョリヴェらのジュヌ・フランスは、限定旋法・非西欧リズム・鳥の歌を導入し霊性的語法を展開。
- オンド・マルトノなどの導入で、電気音色と管弦の融合が進む。
- ソ連のスターリン体制では社会主義リアリズムが公定化され、前衛実験は抑圧される。
- アメリカではジャズとクラシックの交配から、シンフォニック・ジャズが成立。
ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》(1924)がヒット。 - ディキシーランド・ジャズの即興性はシンフォニック・ジャズ形成にも影響。
- アメリカのケージはプリペアド・ピアノを開発し、偶然性・不確定性の理念化で作曲観を更新。
後のミニマル・実験音楽へ接続。 - 電子楽器ではテルミン(1920)とオンド・マルトノ(1928)が実用化。
メシアン《トゥーランガリラ交響曲》やホネッガー作品で採用。
作曲家
新ウィーン楽派と欧州前衛
- アルノルト・シェーンベルク: 無調と12音技法の創始者。
代表作《月に憑かれたピエロ》《ワルシャワの生き残り》。 - アルバン・ベルク: 12音法に叙情を融合、《ヴォツェック》《ルル》。
- アントン・ヴェーベルン(アントン・ウェーベルン): 凝縮された短小作で音色組織を先鋭化。
《管弦楽のための5つの小品》。 - ルイージ・ルッソロ: 未来派の騒音芸術家、《都市の目覚め》ほか。
- イーゴリ・ストラヴィンスキー: 《春の祭典》で原始主義を象徴。
《プルチネラ》《兵士の物語》を経て、近代バレエ刷新と新古典主義への転回を示した。
中東欧の民俗研究
- ベーラ・バルトーク(1881〜1945): コダーイと農民音楽を収集し、ハンガリー語法を近代化。
《弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽》《管弦楽のための協奏曲》。
1940年にアメリカへ移住し、都市の「ハンガリー風」ロマ音楽と農村のマジャル民謡を区別して研究。 - ゾルターン・コダーイ(1882〜1967): バルトークと民俗研究を推進。
ハンガリーの教育法コダーイ・メソッドを体系化し、《ハーリ・ヤーノシュ》《ガランタ舞曲》を作曲。
フランス・ソ連・アメリカ
- エリック・サティ: ダダと連携し《家具の音楽》を提唱、《ジムノペディ》《パラード》。
- オリヴィエ・メシアン: 限定旋法・加算リズム・鳥の歌を統合。
《トゥーランガリラ交響曲》《時の終わりへの四重奏曲》。 - ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(ショスタコーヴィチ): 社会主義リアリズム体制下で創作を継続。
《交響曲第5番》《弦楽四重奏曲第8番》。 - ジョン・ケージ: 偶然性とプリペアド・ピアノで作曲観を更新、《4分33秒》《バカナール》。
- ジョージ・ガーシュウィン: シンフォニック・ジャズを確立。
《ラプソディ・イン・ブルー》《パリのアメリカ人》。
用語・技法
調性解体と表現主義
- 無調: 調性ヒエラルキーを否定する技法(新ウィーン楽派)。
- 12音技法: 音列操作(反行・逆行・転回・移高)で構成する作曲法。
- シュプレヒシュティム: 語りと歌の中間で発声する技法(シェーンベルク)。
- アフォリズム: 高密度で断章的な短小表現(ヴェーベルン)。
- 表現主義: 内的感情を短小形式と無調で鋭く表す潮流として定義される。
前衛運動と美学
- 未来派: 騒音・速度感を称揚するイタリア前衛運動。
- 原始主義: 儀礼的イメージを粗野なリズムで描く語法を中核とする潮流である。
- 家具の音楽: 聴取拘束を弱め空間を彩る音楽概念。
- レディメイド: 既製品を芸術作品として提示し、価値判断を問い直す手法。
- 新印象主義: フランス絵画の点描運動(スーラ)、音楽の印象主義(ドビュッシーら)とは区別して扱う。
- 新古典主義: 近代語法で古典形式を再編する潮流、関連してストラヴィンスキー後期やレ・シス。
- 新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト): ドイツ・ワイマール共和国期の反表現主義潮流。
実用音楽(ゲブラウフスムジーク)志向とも接続。 - ダダ運動: 第一次大戦への反発から生まれた反伝統の前衛運動。
- ダダイズム: 既存価値を揺さぶる反芸術的姿勢。
体制・演奏技法・ジャズ融合
- 社会主義リアリズム: ソ連公式美学として「理解しやすさ」と革命精神を要請。
- プリペアド・ピアノ: 弦に異物を挟み打楽器的響きを得る手法。
- シンフォニック・ジャズ: ジャズ語法と管弦楽を結合したアメリカ発の交響的作品群。
- ディキシーランド・ジャズ: 初期ジャズの様式で、集団即興と明快リズムを特徴とする。
20世紀後半(1945〜1991)
世界史
冷戦構造
音楽史
戦後再編と国際前衛
- ナチ体制下の弾圧でシェーンベルクらユダヤ系音楽家がアメリカへ亡命し、ヒンデミットも離独。
戦後の新音楽教育は欧米へ重心を移し、制度面も再編された点が重要である。 - 亡命先では教育可能性・受容可能性が重視され、作風調整を迫られる場面も生じた。
- ダルムシュタット夏期講習(1946開始)は国際的結節点となった。
トータル・セリーと総音列技法の実験場として機能し、国際前衛の中核を担った。 - メシアン《音価と強度のモード》は全面総音列的発想を提示したが、過度統制の限界も早期に露呈。
偶然性と電子音響
- ジョン・ケージ《4分33秒》とチャンス・オペレーションは作曲者中心主義を相対化。
フルクサスの偶然性・日常行為の舞台化へ接続し、実験芸術の潮流を拡大した。 - 欧州では構造と素材決定を分離するアレアトリーが発展し、作曲統制の幅を拡張した。
- ペンデレツキ《広島の犠牲者に捧げる哀歌》はクラスター音響を前景化。
- ブーレーズはIRCAMで電子音響研究を制度化し、戦後前衛の拠点形成を主導した。
シュトックハウゼン(シュトックハイゼン表記)はケルンでライブ・エレクトロニクスを推進した。 - ピエール・シェフェール(シェフェール)は、ミュジック・コンクレートを提唱した。
別表記はミュジーク・コンクレートであり、同義語として併用される。
録音素材の編集を作曲工程へ導入し、作曲対象の範囲を拡張した。
テープ編集により「音そのもの」を作曲対象化した点が画期である。 - モーグシンセと《スウィッチト・オン・バッハ》(ウェンディ・カルロス)は、電子楽器普及を加速した。
ムーグ表記も併存し、一般市場への浸透過程を示し、商業流通拡大を裏づけた。
ミニマル・アンビエント・スペクトル
- ライヒ《ピアノ・フェイズ》の位相ずらしはミニマルミュージックを定式化。
グラスは反復的アディティヴ構造で都市的トランス感覚を形成し、都市聴取へ適応した。 - ブライアン・イーノ《ミュージック・フォー・エアポーツ》は、1978年に録音され、1979年に発表。
アンビエントミュージック概念を普及させた代表作であり、後続世代に影響した。 - グリゼー《パルティエル》などスペクトル楽派は倍音解析を作曲骨格化。
- 戦後前衛では機能和声の放棄と電子的に生成された音の導入が進む。
1970年代以降は調性的かつ叙情的な再志向が拡大し、ポストモダン文脈で語られる。
作曲家
セリーと電子前衛
- ピエール・ブーレーズ(ブーレーズ): トータル・セリー理論家。
IRCAM創設を主導し、戦後音響研究の拠点を制度化し運営基盤も整備した。
主要作《ル・マルトー・サン・メートル》《レポン》で音響実験を推進。 - カールハインツ・シュトックハウゼン(シュトックハウゼン): 電子音と空間配置を探究。
《コンタクテ》《グルッペン》で空間音響の設計を推進した点が重要である。 - クセナキス: 確率論・建築数学を援用し、作曲構造へ導入した。
《メタスタシス》《ペルセファサ》で幾何学的設計を具体化した代表例である。 - ジェルジュ・リゲティ(リゲティ): ミクロポリフォニーを展開し、音響密度を刷新した。
《アトモスフェール》《ルクス・エテルナ》で無重力的音響を提示。
ミニマルとアンビエント
- スティーブ・ライヒ(ライヒ): 位相技法とミニマル語法を体系化した。
《ピアノ・フェイズ》《ドラミング》で反復過程を可視化した代表作である。 - フィリップ・グラス(グラス): 反復構造を都市聴取へ接続し、持続的時間感覚を形成。
《グラスワークス(ガラスの肖像)》《コヤニスカッツィ》で様式を定着。 - ブライアン・イーノ(イーノ): アンビエントミュージック提唱。
《ミュージック・フォー・エアポーツ》《サーズデイ・アフタヌーン》。
東欧・バルト圏
- クシシュトフ・ペンデレツキ(ペンデレツキ): クラスターと特殊奏法で戦後前衛を牽引した。
《広島の犠牲者に捧げる哀歌》《ディエス・イレ》で音響劇性を強調。 - ヘンリク・グレツキ(グレツキ、ポーランド): 初期前衛から簡潔で調性的・瞑想的作風へ移行。
《交響曲第3番〈悲歌のシンフォニー〉》(1976)で受容層を拡大した。 - アルヴォ・ペルト(ペルト、エストニア): ティンティナブリ様式で静謐な響きを確立した。
《タブラ・ラサ》《フラトレス》《フュール・アリーナ》で様式を具体化。
用語・技法
セリー・確率・音響核
- 総音列技法: 音高・音価・強度・奏法を系列化(メシアン→ブーレーズ)。
- 偶然性/アレアトリー: 枠組みのみ設定し細部を偶発決定へ委ねる方法(ケージ/ルトスワフスキ)。
- クラスター: 半音密集音群を同時発音させる音響中心の技法である。
- 拡張奏法: 20世紀後半の前衛で、通常奏法を超えて新音色を得る方法。
ミニマル・電子・空間
- ミニマルミュージック: 限定素材の反復と位相変化で時間感覚を拡張。
- アンビエント: 注意を縛らない環境音楽概念として定着した語である。
- スペクトル: 倍音解析に基づく作曲法としてグリゼーらが展開した。
- シンセサイザー: ムーグ系の普及で広がった、電子回路で音を生成する鍵盤機器。
- ライブ・エレクトロニクス: 演奏音をリアルタイム電子処理する技法。
作法と反復技法
20世紀音楽家各論(20世紀:ドイツ)
世界史
体制変動と亡命
- 第一次大戦後の混乱を背景にナチスドイツ(ナチズム)が台頭し、ユダヤ系音楽家の亡命・弾圧が進行。
- 敗戦後は「過去の総決算」として、前衛実験と再構成が併存という点が重要である。
音楽教育は米国流実用主義とも接続したという点が重要である。
作曲家
新ウィーン楽派
- アルノルト・シェーンベルク: 無調・12音技法・シュプレヒシュティムで体系化を推進し。
アメリカ亡命後も教育に従事という点が重要である、新ウィーン楽派の代表で。
ドイツ語圏の表現主義音楽を主導という点が重要である、《月に憑かれたピエロ》はシュプレヒシュティムと無調の融合で精神的不安を描く代表作。 - アルバン・ベルク: 表現主義オペラに抒情性を残し、《ヴォツェック》《ルル》で社会批判を描出。
シェーンベルクの弟子として新ウィーン楽派に属し、ドイツ表現主義文脈で主題の明確さを保持。
《ヴォツェック》は無調を基調に調性的残響を交錯させるオペラ。 - アントン・ヴェーベルン(ウェーベルン): 新ウィーン楽派の中で。
極端な短小形式と音響設計で「音のアフォリズム」を確立という点が重要である。
《管弦楽のための5つの小品》で音色の点描的効果を極限化という代表作である。
亡命と新古典主義
- パウル・ヒンデミット: ナチ政権下で退廃音楽として攻撃され、宣伝では堕落の旗手と中傷されたのち亡命。
新古典主義路線で《画家マティス》を作曲という点が重要である。
《画家マティス》は16世紀ドイツの宗教画家マティアス・グリューネヴァルトを題材化。
《ウェーバーの主題による交響的変容》ではカール・マリア・フォン・ウェーバー素材を再構成。
電子前衛
- カールハインツ・シュトックハウゼン: トータル・セリーとライブ・エレクトロニクスを横断し。
不確定性も探究という点が重要である、電子音・空間配置・舞台行為を統合した7日間オペラ《光(Licht)》を構想。
《光(Licht)》は電子音と宗教的象徴を統合した超大作シリーズ。
用語・技法
発声法と作曲体系
- シュプレヒシュティム: 話すと歌うの中間に位置する発声法という位置づけである。
- 無調: 調的中心を排除し、音高ヒエラルキーを解体する語法という位置づけである。
- 12音技法: 12音列を反行(反転)・逆行・転回で操作するシステム(無調の統制原理)。
- トータル・セリー: 高さだけでなく音価・強度など複数パラメータを列操作する総音列技法。
楽派と美学
- モダニズム: 新しい技法の追求を重視する姿勢という位置づけである。
- ポストモダニズム: モダニズムの単線的進歩観を相対化し、引用・様式併置・調性的回帰を併存させる傾向。
- 新ウィーン楽派: シェーンベルク・アルバン・ベルク・ヴェーベルンからなり。
無調・12音技法・表現主義を共有という点が重要である。 - ドイツ表現主義: 内面不安を極端和声や特殊発声で露呈する1910年代の前衛潮流。
戦後前衛の実践
20世紀音楽家各論(20世紀:フランス)
世界史
制度基盤と戦後研究体制
作曲家
前衛先駆と宗教的想像力
- エリック・サティ: ダダの影響下で《家具の音楽》を提唱し、聴取を環境音へ転位。
同一モチーフ反復を多用し、《ジムノペディ》《ジュ・トゥ・ヴ》《ヴェルクサシオン》を作曲。 - アンドレ・ジョリヴェ: 原始主義とオンド・マルトノを接続し。
《オンド・マルトノ協奏曲》で新音色を開拓という代表作である。
ジュヌ・フランスの一員として機械主義偏重への対抗を掲げるという点が重要である。
《トランペット協奏曲第2番》は打楽器的エネルギーが前面に出る代表作。 - オリヴィエ・メシアン: 鳥の歌・限定旋法・非可逆リズムを導入し。
《音価と強度のモード》でトータル・セリーの先駆を提示という代表作である。
ジュヌ・フランスの一員で、色彩共感覚と神学的背景を理論化という点が重要である。
第二次大戦中は収容所(独軍捕虜収容所シュタラークVIII-A)で作曲・演奏。
主要作《トゥーランガリラ交響曲》《世の終わりのための四重奏曲》《鳥のカタログ》。
《鳥のカタログ》は野鳥の鳴き声をピアノで再現し、《音価と強度のモード》は数列構成を先鋭化。
新古典主義と都市語法
- フランシス・プーランク: フランス6人組の一人という位置づけである。
新古典主義と親しみやすさを両立という点が重要である、《小象ババールの物語》を作曲という代表作である。 - ダリウス・ミヨー: フランス6人組の一人という位置づけである。
南米・ジャズ語法と新古典主義を併用という点が重要である、《スカラムーシュ》を作曲という代表作である。
数理・電子・スペクトル
- ヤニス・クセナキス: 確率・集合論を音へ転写しという位置づけである。
《メタスタシス(Metastaseis)》で建築的音群を提示。
ギリシアから渡仏し、グラフ記譜など数学的手法を展開という点が重要である。
作品《ST/4》という点が重要である。 - ピエール・シェフェール: ミュジック・コンクレート(ミュジーク・コンクレート)とテープ編集を創始。
フランス放送協会(のちORTF)とGRMを基盤に制度化し、具体音を編集する作曲法を確立。
《エチュード(鉄道)》では鉄道音素材を変形という代表作である。 - ピエール・ブーレーズ: トータル・セリーからアレアトリーへ展開し、IRCAM創設を主導。
《レポン(Répons)》でライブ電子音響を実践という代表作である。 - トリスタン・ミュライユ: スペクトル楽派を牽引し、リテニレール共同創設。
後年はIRCAMで研究・教育に従事という点が重要である。
用語・技法
美学・様式語
- 家具の音楽: 意図的に「聴かれない」環境音楽概念(サティ)。
- 原始主義: 非欧州儀礼性や強打楽リズムを称揚する傾向(ジョリヴェ・ストラヴィンスキー系譜)。
- ミュジーク・コンクレート: 磁気テープの具体音を切貼り再構成する録音芸術。
研究基盤と実践語
20世紀音楽家各論(20世紀:アメリカ / ソビエト・ロシア)
20世紀_音楽家各論-アメリカ
世界史
- 第一次大戦被害が比較的軽微で産業が継続しという点が重要である。
第二次大戦後は資本主義と大衆文化を牽引して「音楽=興行」の基盤が整備。 - 欧州からの亡命作曲家とジャズ/ブルースが交差し、実験性とポピュラリティが併存。
作曲家
ジャズと都市文化
- ジョージ・ガーシュウィン: 管弦楽編成とジャズを接続したシンフォニック・ジャズの旗手。
主要作《ラプソディ・イン・ブルー》《パリのアメリカ人》《ポーギーとベス》。
実験主義と音響前衛
- チャールズ・アイヴズ/エドガー・ヴァレーズ(ヴァレーズ): フランス生まれ。
後に米国で活動したアメリカ前衛の先駆という点が重要である。
実験的語法と騒音・打楽器性を強調という点が重要である、ヴァレーズは音塊と空間化を重視し。
《赤道(Ecuatorial)》や《イオニザシオン》を残す。
《赤道(Ecuatorial)》は低声語り・金管・打楽器を核に儀礼的音響を構築。 - ジョン・ケージ: 偶然性とプリペアド・ピアノで作曲者中心主義を更新し、フルクサスへ影響。
作品《4分33秒》《チェンジズの音楽(Music of Changes)》《アリア》《易の音楽》。
ミニマルの成立
- ラ・モンテ・ヤング、スティーブ・ライヒという点が重要である。
フィリップ・グラス(後続にジョン・アダムズ): 反復と時間操作を拡張し。
ミニマル・ミュージック成立を推進。
用語・技法
- シンフォニック・ジャズ: ジャズ語法を交響編成へ移植したアメリカ的クロスオーバー。
- 実験主義: 楽器改造・偶然性・新記譜で既存規範を更新する潮流(アイヴズ→ケージ系譜)。
- 偶然性音楽: 構成の一部/全部を任意決定へ委ねる方法という位置づけである。
- ミニマル・ミュージック: 短い動機の反復と微細変化で時間感覚を拡張する1960〜1970年代の新調性語法。
20世紀_音楽家各論-ソビエト/ロシア
世界史
- ロシア革命後は社会主義リアリズムが公定美学となり前衛を抑圧。
- スターリン死後は前衛(多様式)が再浮上し、民族回帰・宗教復興・前衛実験が併存。
作曲家
亡命・帰還の作曲家
- イーゴリ・ストラヴィンスキー: ロシア出身という位置づけである。
原始主義三部作後に新古典主義を展開し、晩年はセリー技法も導入。
バレエ音楽を多数作曲という点が重要である、1939年に渡米し1940年以降はアメリカ定住という点が重要である。
主要作《火の鳥》《ペトルーシュカ》《春の祭典》《プルチネラ》。 - セルゲイ・プロコフィエフ(プロコフィエフ): 西欧・アメリカ活動後。
1927・1929・1932年帰国演奏を経て1936年にソヴィエト再定住。
背景には世界恐慌期の市場停滞もあり、のちジダーノフ批判対象となる。
《ピーターと狼》は子どものための交響的物語という代表作である。
体制下の表現と葛藤
- ドミートリイ・ショスタコーヴィチ: 前衛語法ゆえジダーノフ批判を受けつつ、交響曲で公的評価を回復。
主要作《歌劇〈鼻〉》《交響曲第7番〈レニングラード〉》という点が重要である。
大編成と長大構成には後期ロマン派語法継承も指摘されるという点が重要である。 - アラム・ハチャトゥリアン(ハチャトゥリアン): 民族色と躍動で人気を得るがジダーノフ批判対象。
代表作《剣の舞》という点が重要である。
用語・技法
20世紀音楽家各論(20世紀:イタリア / イギリス / 日本)
20世紀_音楽家各論-イタリア
世界史
- 第一次大戦後の失地回復願望がファシズムを助長し、敗戦後は文化的空白期が発生。
作曲家
未来派と騒音美学
引用技法とポストモダン
- ルチアーノ・ベリオ(ベリオ): テープと引用をコラージュして時間層を構成するポストモダンの旗手。
《シンフォニア(Sinfonia)》は引用の音楽の代表作という代表作である。
第3楽章はマーラー《交響曲第2番》第3楽章を基層に重層化という点が重要である。
用語・技法
20世紀_音楽家各論-イギリス
世界史
作曲家
英語オペラ再評価
- ベンジャミン・ブリテン(ブリテン): 20世紀イギリスの中核的存在。
《ピーター・グライムズ(Peter Grimes)》は英語オペラ再評価の契機。
オペラ復興: 20世紀イギリスではブリテン《ピーター・グライムズ》を起点に英語オペラが国際評価を回復。
複雑性と環境音
- ブライアン・ファーニホウ(ファーニホウ): ニュー・コンプレクシティの中心。
《タイム・アンド・モーション・スタディII(Time and Motion Study II)》を作曲。 - ブライアン・イーノ: アンビエント概念を確立という位置づけである。
用語・技法
- ニュー・コンプレクシティ: 過密リズムと微分音を精密記譜する1980年代以降の前衛潮流。
- アンビエント・ミュージック: 集中聴取を前提とせず空間を彩る環境音楽。
20世紀_音楽家各論-日本
世界史
作曲家
戦後日本の音響拡張
- 黛敏郎: 声で金鐘倍音を再構築する日本的スペクトル先駆という位置づけである。
《ネハン交響曲》《オペラ〈金閣寺〉》を作曲という代表作である。 - 武満徹: 東洋楽器とオーケストラを接続する国際派という位置づけである。
《ノヴェンバー・ステップス(November Steps)》は琵琶と尺八をオーケストラに対置。
《系譜(Family Tree)》は語り手と管弦楽のための作品。
西洋前衛と日本的音響の接続として武満徹《November Steps》が代表。