西洋音楽史 - メイン

メイン(全時代網羅)。

このページでは、全体像を中心に、古代から20世紀各論までの流れを整理し。
試験で問われやすい要点のつながりを把握する。

主担当全体俯瞰・学習導線・横断要約

参照時代の流れ(時代詳細) / 人物(人物詳細) / 技法(技法詳細) / 楽器 (楽器詳細)

更新日2026-02-23

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古代エジプト(紀元前30世紀頃〜紀元前1世紀頃)

古代エジプトでは、 儀礼と娯楽の両方で 楽器文化が発達した、時期は紀元前30世紀ごろである。
とくに弦鳴楽器打楽器が重視された、図像・墓室装飾・碑文にも演奏場面が残る。
古代エジプト音楽は、 生活と儀礼の双方に根づいたという点が重要である。


音楽文化と儀礼

ハープは、古代エジプトの代表的な弦鳴楽器であり、宮廷儀礼・宗教儀礼・宴席で広く使われた。
古王国期から長く継承された点は重要であり、ハープは古代エジプトの基幹楽器である。

シストラムは、振って鳴らすガラガラ型の打楽器であり、神殿儀礼や祭礼で重要な役割を担った。
金属枠に横棒を通した構造が代表例であり、シストラムは儀礼性の高い古代エジプト楽器である。


アレクサンドリアの技術革新

紀元前3世紀の アレクサンドリアで、 クテシビオスが考案したという点が重要である。
対象は水圧オルガンヒュドラウリス)であるという点が重要である。
最古級の鍵盤楽器とされる、屋外向けの大音量を備え、 劇場や円形競技場でも用いられた。
技術革新が古代上演の音量を拡張したことは、公開上演文化の変化を示す重要な根拠である。


西アジアとの楽器伝播(古代〜中世)

楽器伝播は、 古代から中世にかけて西アジアと東アジアを結びつけた。

古代ギリシア(紀元前10世紀頃〜紀元前1世紀頃)

古代ギリシアでは、 都市国家の形成が大きく進み、劇文化も発展した。
音楽舞踏と結びつき、そのため総合芸術として広く理解される。


時代背景

文明形成とポリス成立

紀元前10世紀ごろ、 アテネを含む ギリシアエーゲ海世界で 変化が進んだ。
ミケーネ文明の後に ギリシア文明が形成された、紀元前8世紀ごろには、 ポリスが成立する。
同時に植民活動も拡大し、交易圏と文化圏の再編を長期的に促した。


古典期と秩序の動揺

紀元前5世紀ごろ、 アテネ最盛期を迎えた、古典期の中心として位置づけられる。
一方で、 マケドニアが台頭する、その介入で アテネ中心の秩序は動揺した。


音楽史・劇文化

ムーシケーと吟唱伝統

古代ギリシアでは、 音楽は言葉と不可分であり、撥弦楽器リラキタラである。
楽器には アウロスが用いられた、「ミュージック」は ムーシケーに由来する。
これは音楽舞踏を含む 総合芸術概念であるという点が重要である。

ホメロスの 《イーリアスイリアス)》・ 《オデュッセイア》は、 叙事詩である。
吟唱伝統と結びついた、キタラアウロス伴奏文脈で多く語られる。


悲劇/喜劇と祭礼上演

紀元前5世紀ごろには、 ギリシア悲劇/喜劇が確立した、上演空間の中心は オルケストラである。
これは スケネ手前にある、観客席は テアトロンである、合唱隊は コロスとして機能した。

叙事詩音楽舞踏が一体化した ムーシケーは、 ギリシア人の自認を強化した。
上演は 酒神ディオニュソスを祀る ディオニュシア祭と結びつくという点が重要である。
ソフォクレスの 《オイディプス王》が代表作であるという点が重要である。


哲学者・理論

ピタゴラス学派と音程理論

ピタゴラスピュタゴラス)学派は、 宇宙を調和として捉えた。
音程理論の基盤を整えた、オクターブ1:2完全5度2:3で示した。
ピュタゴラス音律ピタゴラス音律)では 3:2連鎖で音階を構成する。

テトラコルド四音音階)は、 完全4度内に4音を置く単位である。
分割の属は ディアトニッククロマティックエンハーモニックである。


エートス論と倫理思想

プラトンは、 エートス論として 音楽が 人格形成と国家秩序に影響すると 論じた。
参照先は『国家』である、アリストテレス音楽閑暇における 高尚な享楽と位置づける。


地中圏の後世受容(16〜18世紀)

ジャニサリー受容とアッラ・トゥルカ

1618世紀には、 オスマン・トルコジャニサリー軍楽 (メフテル)が広まった。
ヨーロッパへ 強い印象を与えた、18世紀には シンバルトライアングル大太鼓の使用が拡大した。
アッラ・トゥルカ (トルコ風)という楽語が定着するという点が重要である。

古代ローマ(紀元前8世紀頃〜5世紀)

古代ローマでは、 音楽実践が 都市文化に深く組み込まれたという点が重要である。
儀礼劇場・ 競技・政治表象が結びつく点が重要であるという点が重要である。


世界史・文化

文化継承と教育制度

紀元前〜紀元後1世紀の ローマでは、 エトルリアギリシアの伝統を継承した。
帝政期に都市文化が 発展した、教育では ギリシア由来学芸を継承した。
音楽は 数学的教養として クアドリウィウムへ接続するという点が重要である。


音楽史

管楽器と公共空間

ティービアは、 アウロス系の ダブルリード管である、34指孔型を含む。
宗教儀礼、 劇場、 祭礼(ディオニュソス 祭儀系統を含む)で広く使われた。

コルヌトゥーバブッキナは、 金管楽器である、軍事・儀礼・競技の合図に用いられた。
屋外での遠達性が高く、 行進や式典の進行指示に機能したという点が重要である。


都市資料と上演空間

紀元後1世紀(帝政初期)の ポンペイ出土資料、 とくに街路楽師モザイクは 重要資料である。
音楽実践が 日常文化に根付いていたことを示すという点が重要である。
コロッセウムと 各地の劇場では、 祭典・競技・詩朗誦・演劇が結びついた。
テルマエは公衆浴場で、 コロッセウムとは 用途が異なるという点が重要である。


ネロ像と後世オペラ

5468年の ネロネロー)は 名声を求め、歌唱・竪琴演奏・競技参加を 積極的に行った。
この皇帝像は 後世オペラの題材へ継承されるという点が重要である。

代表例は モンテヴェルディポッペアの戴冠》 (ポッペーアの戴冠)である。
年代は16421643である、ヘンデルアグリッピーナ》 (1709)も代表例である。

中世(5〜15世紀)

世界史の流れ

ローマ世界から中世秩序へ

紀元前2世紀〜紀元前後には、 ピュドナの戦い (前168年)が起きた。
ローママケドニア王国を破り、 地中世界で優位な地位を確立した。
パクス・ロマーナ (前27年〜後180年)を経て、帝国秩序が長期に安定した。

キリスト教が拡大した、ローマ帝国は 392年の国教化と、395年の東西分裂へ進む。
ローマ安定、 西ローマ衰退という 西低東高が鮮明化したという点が重要である。

西ローマ滅亡 (476年)後は状況が変化した、フランク人ローマ教会が結びつく。
西ヨーロッパの新秩序を形成する、843年の分割を経て。
フランスイタリアドイツの 原型が示された。


教皇権と建築文化

教皇権十字軍を通じて 最盛期を迎える一方、 腐敗と内部対立で衰退した。
教会批判と 人間中心思潮は ルネサンスへ接続するという点が重要である。
建築では ロマネスク様式バーリサン・ニコラ聖堂)が挙げられる。
ゴシック様式パリノートル=ダム大聖堂、 着工1163)も代表例である。


典礼聖歌と記譜法

グレゴリオ聖歌の成立

8〜9世紀の フランク王国カロリング朝)で 整理が進み。
ローマ聖歌と ガリア聖歌統合・標準化された、グレゴリオ聖歌が成立した。
これは 単旋律無伴奏ラテン語聖歌で、通常文固有文典礼実践を支える。


記譜教育の体系化

多声音楽の発展

トロープスからオルガヌム

10〜11世紀には 聖歌旋律を 拡張する トロープスが登場した、そこから セクエンツァが生まれた。
9〜10世紀の 平行オルガヌム4度・ 5度)を経た、11世紀には 自由オルガヌムが成立する。
内部技法として ディスカント様式オルガヌム様式が 区別される。


12〜13世紀の多声化

12世紀には保持声部 テノール概念が定着し、 可動部分 クラウスラが理論化される。
1213世紀には、 上声に 世俗的な歌詞を載せる モテットが登場した。
全声部新作の コンダクトゥスも 重要ジャンルとなるという点が重要である。


ノートル・ダム楽派アルス・ノヴァ

ノートル・ダム楽派(12〜13世紀)

12〜13世紀の ノートル・ダム楽派は、 アルス・アンティクァの中核である。
モード記譜法3分割重視の拍節運用を基盤に、 オルガヌム発展させた。
レオニヌスレオナン)は 2声と オルガヌム大全で知られるという点が重要である。
ペロティヌスペロタン)は 3声・ 4声へ 拡張したという点が重要である。


アルス・ノヴァ(14世紀)

14世紀の フランス新技法が定着する、主要拠点は パリランスアヴィニョンである。
この潮流を アルス・ノヴァと呼ぶ、これは14世紀の 時代区分である。

名称は フィリップ・ド・ヴィトリーの 理論(1320年頃)に由来する。
メンスーラ記譜法が精密化し、 2分割と 3分割の拍節が 正規化された。

細分音価シンコペーションの活用で、 リズム構築は高度化する。
モテットでは下声に ラテン語、 上声に フランス語を置く実践も 確認される。

中世末の世俗文化

イングランドと大陸和声

イングランドジョン・ダンスタブルは、 3度・ 6度協和を重視した。
大陸和声へ 大きな影響を与え、中世末の和声観の転換点となった。


世俗文化の担い手

同時期の世俗音楽では、 宮廷風恋愛英雄叙事風刺が同時進行で並行する。
担い手には トルバドゥール/ トルヴェールがいる、ジョングルール/ ミンストレル芸人)もいる。
ミンネジンガーゴリアールも活動し、世俗詩歌の担い手が多様化した。

トルバドゥール/ トルヴェール南北フランスオック語/ オイル語を使用した。
ミンネジンガードイツ語圏で ミンネを歌うという点が重要である。
ゴリアール放浪知識人層で、 《カルミナ・ブラーナ》 伝承に連なる。

ルネサンス(15〜16世紀:前期15世紀)

世界史

教皇権の衰退と社会構造の変化

14世紀末以降、 教皇権十字軍失敗と 黒死病流行で 権威を失いた。
これにより、 農民の地位上昇、 領主の相対的低下、 諸侯王権の強化が進む。
とくに ブルゴーニュ公の 支配領域が拡大した、その中核が ブルゴーニュ公国である。
政治・文化の中心になる。


フランドル地方100年戦争

14世紀末〜15世紀 前半フランドル地方は 経済的に繁栄した。
現在の ベルギー/ オランダ付近である、ここは ブルゴーニュ公国の 中核文化圏として機能する。

100年戦争1337- 1453)では 抗争が続いた。
主軸は イングランド王権フランス王権である、ブルゴーニュの同盟先は 時期で変動し。
ジャンヌ・ダルクが 象徴的人物として現れる。


北イタリアと文化運動

同時期の 北イタリアでは、 十字軍後の 地中海貿易都市国家が台頭した。
古代ギリシア・ローマ文化の 復興運動として ルネサンス再生)が形成される。
人間中心の視点、 遠近法科学技術発展した。


印刷と音楽受容の拡大

三大発明とされる 羅針盤火薬活版印刷が普及し、 楽譜印刷が進んだ。
音楽聖職者だけでなく 市民階級へ広がる、タブラチュア譜出版と ヴァージナルなどの 器楽文化も拡大した。


音楽史(前期)

ブルゴーニュ楽派の成立

15世紀 前半ブルゴーニュ公国で、 ブルゴーニュ楽派が成立した。
ジル・バンショワギヨーム・デュファイ1397- 1474)が活躍する。
イングランドジョン・ダンスタブル由来の 3度・ 6度協和を取り込んだ。
フォーブルドンは、 下方4度配置による 和声化技法である。


循環ミサ定旋律統一

この時代は 循環ミサ発展した、とくに 定旋律ミサが重視される。
中心は ミサ通常文である、共通定旋律カントゥス・フィルムス)で 各楽章を統一する。

リズム動機の反復や イソリズムも用いられた、イソリズムリズム型旋律型の反復結合である。
ロム・アルメ・ミサ》は 世俗旋律ロム・アルメテノールへ据える典型例である。


フランドル楽派への継承

15世紀後半には中心が フランドル地方へ移り、 フランドル楽派が継承した。
ヨハネス・オケゲムを経た。

ジョスカン・デ・プレ が活躍する、別名は ジョスカン・デプレである。
生没年は 1450- 1521である、彼は ポリフォニーを完成させる。
通模倣技法パロディ・ミサを駆使した。

パンジェ・リングァ・ミサ》は 通模倣様式の代表例である。
アヴェ・マリア…ヴィルゴ・セレナ》は 代表的モテットである。
ロム・アルメ・ミサ》は 同名題材の作品群である、複数作曲家により書かれた。
定旋律の置き方と展開法に 違いがある。


用語整理と意義

基礎用語

音楽史的意義

ルネサンス(15〜16世紀:後期16世紀)

世界史

宗教改革の始動

ドイツでは免罪符問題が拡大した、マルティン・ルター95ヶ条の論題を提示した。
宗教改革が始まった、ルター派が形成された、プロテスタント誕生へつながった。


国家体制と宗教秩序の再編

イギリスではヘンリー8世英国国教会を創設した、カトリック圏(主にイタリア)では対抗宗教改革が進行した。
トリエント公会議で刷新が進んだ、ハプスブルク家は全盛を迎えた。


都市空間と文化基盤

イタリアヴェネツィアは発展した、サン・マルコ大聖堂の空間と残響が新様式を刺激した。
フランスでは主権国家としての体制確立が進んだ。


音楽史(後期)

宗教改革圏の礼拝音楽

ドイツではルター派礼拝歌が整備された、ドイツ語コラールが成立した。
これは讃美歌として機能した、単旋律信徒が参加しやすい性格である。
ヨハン・ヴァルターマルティン・ルターと協力した。

神はわがやぐら》は代表的コラールである、ポリフォニー化にもつながった。


英国国教会の礼拝ジャンル

イギリス英国国教会では礼拝ジャンルが分化した、儀式用のサーヴィスが発達した。
自由な歌詞によるアンセムも発達した、ウィリアム・バードは重要作を残した。
ミサモテットに対応する役割を担った。


ローマ楽派カトリック圏

イタリアカトリック圏)ではポリフォニーの複雑化が批判された。
パレストリーナは歌詞明瞭性の高い書法で応答した、ローマ楽派は均整ある多声様式を確立した。
教皇マルチェルスのミサ》が代表作である、ミサ曲モテットの伝統は再定義された。


世俗曲の展開

フランスではシャンソンが展開した、クロダン・ド・セルミジクレマン・ジャヌカンが活動した。
鳥の歌》は標題シャンソンの代表である。

ドイツではリートテノールリート)が流行した、テノール主旋律を置く構成が広がった。
ハインリヒ・イザークは宗教・世俗双方に作品を残した。


マドリガーレの深化

イタリアでは《カント・カルナシャレスコ》が普及した、メディチ家謝肉祭文化が背景である。
続いて《フロットラ》を経て《マドリガーレ》へ発展した、マドリガルとしても広がった。
音楽の結合が深化した。


表現の先鋭化と初期オペラ

カルロ・ジェズアルドは強い表現を志向した、半音階不協和音を多用した。
マドリガーレ集第5巻》と《マドリガーレ集第6巻》を残した。
クラウディオ・モンテヴェルディ第2の作曲法を掲げた、《マドリガーレ集》と《オルフェオ》で初期オペラの方向を示した。


ヴェネツィア楽派の空間書法

ヴェネツィア楽派は空間書法を発展させた、アンドレア・ガブリエリジョヴァンニ・ガブリエリが活動した。
二重合唱様式コリ・スペッツァーティ)が発展した、コンチェルタート様式は群間対話を重視する。
弱と強のソナタ》(ピアノとフォルテのソナタ)は強弱記号を伴う代表作である。


音楽思想・表現技法

第1の作曲法第2の作曲法

第1の作曲法は伝統的対位法に基づく作曲である、第2の作曲法は歌詞の意味を重視する作曲である。
劇的な性格を強める。


劇的・叙情的・典礼的

劇的とは音楽人物心理を描く性格である、物語進行を担う性格も含む。
関連語として叙情的典礼的がある、これらは同一作品内で併存しえる。


マニエリスムとの連関

マニエリスムと連動して主観的表現が台頭した、後期ルネサンス末から初期バロックへの転換点である。

バロック(17世紀〜18世紀前半)

世界史背景(16世紀後半〜17世紀)

政治・宗教秩序の再編

時期は16世紀後半から17世紀である、中心はヨーロッパイタリアフランスである。
絶対王政が広がった、芸術は権威演出に使われた、ルイ14世は体制の象徴である。

背景には教皇権の低下がある、宗教改革対抗宗教改革も重なる、劇的わかりやすい表現が求められた。
誇張調和が重視された、体制の可視化が美学を方向づけた。

ルネサンス均衡比例は後景化した、運動感対比が前面化した。
劇性の追求も強まった、アフェクト論情念論)が浸透した、王権の演出と人間心理描写が併走した。

呼称バロックは後世語である、語源は歪んだ真珠批判語である、17世紀の危機も背景である。
30年戦争や宗教戦争が続いた、経済低迷と寒冷期も誇張表現を後押しした。

イタリアは主戦場ではありない、ただし周辺戦争の影響は受けた、外交経路を通じた波及もあった。
地域差を踏まえて理解する。


音楽史(声楽)

カメラータオペラ誕生

17世紀初頭、フィレンツェで転換が起いた、カメラータが活動した。
古代ギリシアの悲劇復興を目指した、ポリフォニー中心から離れた。
単旋律和音モノディーが成立した。

単旋律は独唱を際立たせる、演劇的表現が重要になった、音楽劇としてオペラが成立した。
後のホモフォニーの基盤にもなった、声楽書法の中心が交代した。

ヤコポ・ペーリが初期作品を残した、《ダフネ》は現存しない、《エウリディーチェ》は現存する。
両作は最初期オペラの基準である、初期史の要点はこの2作である。


オペラの定型化

オペラ総合芸術である、演技衣装舞台が統合される、構成は序曲レチタティーヴォアリアである。
劇進行と抒情提示が分業化した。

ダ・カーポ・アリアABA)が主流化した、アレッサンドロ・スカルラッティが定型化した。
1637年以降に商業化が進む、ヴェネツィアの公開劇場が中核である。
宮廷催事から都市興行へ移行した。

イタリア序曲速く-ゆっくり-速くである、ジャン=バティスト・リュリフランス様式を作った。
バレエオペラを融合し舞踊性を高めた、フランス序曲ゆっくり-速く-ゆっくりである。
国別に序曲型が分化した。


モンテヴェルディオラトリオ

1607年に《オルフェオ》が初演された、作曲はクラウディオ・モンテヴェルディである。
後にヴェネチアへ移りサン・モルコ楽長となった、《ポッペアの戴冠》はネロポッペアを描く。
初期から後期までオペラ史を牽引した。

オラトリオ劇的声楽の一類型である、語源はオラトリウムである。
原義は祈祷所または祈祷室である、聖書題材を扱い演技舞台は伴わない。
四旬節にはオペラの代替として劇場上演された。


オラトリオ主要作

プロテスタント圏の宗教声楽

17世紀中盤から後半の動向である、プロテスタント地域で展開した。
単旋律コラールが基盤である、多声宗教曲が発達しコラール編曲コラール・モテットが代表である。
ハインリヒ・シュッツドイツ宗教音楽の基盤を強化した。


主要作曲家(声楽中心)

モンテヴェルディ1610年刊の教会曲集を残しミサ曲を公刊した。
ヘンデル調子の良い鍛冶屋》は《エアと変奏》の通称である。
5組曲(HWV430)終曲でチェンバロ独奏である、1720年刊行の組曲集(HWV426-433)に収録される、声楽中心でも鍵盤史との接点が明確である。


音楽史(器楽)

器楽自立と書法基盤

17世紀から18世紀前半、器楽声楽から独立した、技巧性構造性を重視する流れが強まった。
調性長調短調)が確立し、転調構成美が発達した、楽器編成と強弱段階的設計も進んだ。
通奏低音を軸に、器楽語法が体系化した。

通奏低音は旋律と和声を支える基盤である、同時に、主題模倣にもとづくポリフォニー書法も中核である。
代表はフーガである、旋律+和声対位法が並立した。

バロック器楽の主要形式は3つである、ポリフォニー的楽曲舞曲多部分形式である。
舞曲宮廷サロン室内文化で発展した、サロンは貴族や知識層の私邸での社交集会である。
組曲化と室内実践が形式を育てた。

多部分形式にはカンツォーナファンタジアソナタがある、セクション分割を前提に構成される。
調性変化エピソードの対比が要点である、部分対比で大きな構造を作る。


主要作曲家(器楽中心)

ヴィヴァルディ協奏曲

ヴィヴァルディ四季》は作品8和声と創意の試み》の14曲である。
作品8は全12曲の協奏曲集である、《四季》はヴァイオリン独奏による4曲である。
ソネット14行詩)に基づく標題音楽である、各曲は主に3楽章(急-緩-急)である。

リトルネロ形式と標題性を統合した代表作である。


J.S.バッハの主要作品群

J.S.バッハの主要作品には《トッカータとフーガ ニ短調》がある。
平均律クラヴィーア曲集》は前奏曲フーガの全調構成である。
インヴェンションとシンフォニア》は教育用2声・3声作品である。
フランス組曲》《イギリス組曲》《無伴奏チェロ組曲》も重要である。
対位法舞曲語法が高密度に統合されている。

ブランデンブルク協奏曲》は多様編成の集大成である、《ロ短調ミサ》はBWV232である。
ミサ通常文を大規模に作曲した作品である、《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》がある。
旧表記は《ヴァイオリンソナタ》である。

マタイ受難曲》はオラトリオ的宗教声楽の代表である、メンデルスゾーンの再演が再評価の契機である。
作品群は器楽と宗教声楽の双方で規範になった。

ゴルトベルク変奏曲》は主題と30変奏で構成される、グレン・グールド録音(19551981)でも広く知られる。
後世受容まで含めて影響が非常に大きい作曲家である。


形式・作曲原理

主要形式

小規模室内トリオ・ソナタと、大規模合奏のコンチェルトは対照的である。
編成規模の差が形式感の差につながる。


通奏低音バッソ・コンティヌオ

機能と編成

通奏低音和声即興補完する伴奏原理である、低音部数字付き低音で構成される。
チェンバロオルガンなど和音楽器が担いる、チェロヴィオラ・ダ・ガンバなど低音旋律楽器も組む。
数字記号を基に和音即興演奏する。

バロックの旋律と和声を結ぶ中核原理である。


楽器

主要楽器群

使用文脈の整理

クラヴサンフランスノン・ムジュレとともに発展した、ルイ・クープランがその発展に寄与した。
チェンバロは独奏と通奏低音の双方で重要である、オルガンコラール伴奏でも使われた。
室内楽伴奏でも中核である。

鍵盤三群はルネサンスバロックの基幹である。

鍵盤三群はオルガンクラヴィコードチェンバロである、バロック後期には低音弦の金属巻き弦(ガット芯)が普及した。
音量と歌唱的表現の幅が拡大した、楽器技術の変化が表現拡張を支えた。

楽器編成の拡張で独奏と合奏の対照が鮮明になった、形式と編成の両面で近代的管弦楽へ接続する。

前古典派(18世紀前半〜後半/1720年頃〜1780年頃)

世界史

時代位置と社会層の変化

18世紀前半〜後半、中心はヨーロッパである、とくにドイツイタリアが重要である。
バロックからウィーン古典派への過渡期である、バッハ存命期(〜1750)とも重なる。
区分は連続的で境界が曖昧である。

文化の中心は王侯貴族から市民へ移った、ブルジョワジーが台頭した。
王侯貴族土地基盤である、ブルジョワジー資本基盤である、受容層の変化が作曲需要を変えた。


政治経済と文化制度

長期背景には市民革命資本主義拡大がある、啓蒙主義出版市場公開演奏会が拡大した。
名誉革命1688年)も背景である、フランス革命1789年)前後の変動も作用した。
市民層の音楽受容が急速に拡大した。

背景事例としてピューリタン革命がある、イギリス1642年に開始した。
この変化で宮廷専属需要の比重は下がった、交響曲鍵盤作品の需要が増えた。
公共圏の拡大がジャンル成長を後押しした。


美意識の転換

啓蒙主義明晰さ志向はギャラント様式に接続した、バロック誇張から、ロココ繊細へ移行した。
平明で整った語法が広がった。


音楽史

マンハイム楽派と管弦楽語法

18世紀中頃〜後半、1740年代以降はドイツ南西部のマンハイムが中核であった。
マンハイム楽派オーケストラ運用を整備した、交響曲4楽章形式も整った。
4楽章舞曲(メヌエット)である、スケルツォの一般化はベートーヴェン以後である。

ヨハン・シュターミッツが楽長として中核を担った、前古典派の管弦楽基盤を作った中心人物である。


ピアノの発明と鍵盤文化

1700年頃、イタリアで転換が起きた、バルトロメオ・クリストフォリピアノを発明した。
正式名はクラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテである。
1709年頃の文献言及もしばしば参照される、新鍵盤楽器の登場で表現領域が拡大した。


作曲語法の変化

通奏低音中心の書法から離れた、それ以前の鍵盤音楽は通奏低音が中心であった。
アルベルティ・バスなど伴奏技法が普及した。

ギャラント様式多感様式が併存した、和声感と調性対比の明確化が進んだ。
ソナタ形式原理の基盤が形成された。


オペラの二重系と改革

オペラでは二潮流が併存した、オペラ・セリア(セーリア)は神話・歴史題材の正歌劇である。
アレッサンドロ・スカルラッティらが確立した、オペラ・ブッファインテルメッツォ由来の喜歌劇である。
インテルメッツォオペラ・セリアの幕間劇である。

ジョヴァンニ・ペルゴレージ奥様女中》は成立を象徴する、この作品は起点の一つとして扱われる。
グルック歌手中心主義を抑えた、音楽統一を重視した。
オペラ改革として改革を主導した。

オルフェオとエウリディーチェ》は代表作である、前古典派オペラ実践でも再編期であった。


音楽思想・技法

主要概念

作曲家

ドイツ語圏の中核

イタリア・オペラ文脈

ウィーン古典派(18世紀後半〜19世紀初頭:ハイドンモーツァルト

世界史

時代枠と地域

18世紀末〜19世紀初頭である、オーストリアドイツが中心である。
ハイドンモーツァルトベートーヴェン古典派様式を確立した。
最狭義は17801820である、広義は17321827を含む。

ベートーヴェン後期ロマン派へ接続する、古典派は長い移行帯を含む時代区分である。


帝国秩序と都市ウィーン

ウィーンハプスブルク帝国の中心である、宮廷劇場出版が集積した。
神聖ローマ帝国は1806に解体した、以後はオーストリア帝国体制へ移行した。
マリア・テレジアヨーゼフ2の改革も重要である。

ルドルフ113世紀)以降、王基盤が拡大した、15世紀以降の継承構造にも連続する。
マリー・アントワネットマリア・テレジアの娘)は同時代人物である。

ハプスブルク家フランス宮廷文化の連結を示す、ドナウ川流域の交通結節性も集積を後押しした。
帝国制度と都市機能が作曲活動を支えた。


思想潮流と感情表現

啓蒙主義啓蒙思想)は理性秩序合理を重視した、芸術のパトロンは王侯から市民へ移行した。
社会契約自由権利観も浸透した、J.-J.ルソー自然/模倣論は音楽美学へ影響した。
王権神授説への反動も背景にある。

疾風怒濤運動シュトゥルム・ウント・ドランク)で感情情熱が前面化した。
ハイドン理性寄り、ベートーヴェン情動寄りの対比で語られる。
理性と情熱の緊張が古典派理解の鍵である。


音楽史(ジャンル・形式)

ジャンル整備

古典派ジャンル整備形式確立の時代である、クラシック音楽の基礎を形成した。
交響曲弦楽四重奏曲ピアノ曲が成熟した、ハイドン100曲以上)が軸になった。
モーツァルト41曲)とベートーヴェン9曲)が完成へ導いた。

開始時期は通例18世紀前半中頃である。

バッソ・コンティヌオ通奏低音)慣習から離れた、主旋律伴奏の関係が明確化した。
ホモフォニー書法が標準化した、変奏曲古典派ピアノソナタと並ぶ主要形式である。
オペラではオペラ・セリアオペラ・ブッファが並行した。

オラトリオ宗教音楽として継続した、古典派はジャンル横断で体系化が進んだ。


書法転換とソナタ形式

ソナタ形式楽曲構造の基本である、第一楽章でとくに定着した。
主題動機モチーフの展開が統一発展を生む、主題動機労作動機労作)が核となる。
主題動機の展開を中心に設計する。

ギャラント様式バロック的装飾を抑えた、明快な旋律と簡潔な和声を重視する。
ホモフォニー中心から、主題動機の展開へ移行した。

オブリガート声部導入で楽器固定的パート化した、通奏低音中心の即興アドリブ実践から。
楽譜固定の書法へ移行した、装飾中心から構造中心へ転換した。


理論化と歴史理解

歴史的起源は二部構造にある、前半は主調属調へ進みる、短調では平行調を取る場合がある。
後半は主調へ戻りる、感覚依存から構造化への移行でもある。

19世紀中盤にA.B.マルクスが理論を体系化した、ただしウィーン古典派への遡及適用では解釈差が生じる。
19世紀理論は主題対比を強調しがちである、18世紀作品分析では再現の把握が枢要である。
理論史と実作法の差を区別して読む必要がある。


ハイドン

人物と位置づけ

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン17321809)である。
交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と称される、エステルハージ家に仕えて多作した。
交響曲106と数える整理がある。
弦楽四重奏曲67約70)と整理される。


代表作品

形式均衡と編成

形式均衡古典派美学の中核である、弦楽四重奏曲4人編成である。
第1ヴァイオリン第2ヴァイオリンヴィオラチェロで構成される。
通奏低音を置かない自立4声部として定着した、ハイドンはこの語法確立の中心人物である。


モーツァルト

人物と活動基盤

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトである、1756年生まれ、1791年没である。
35歳で早世した、幼少期から神童として知られた、前古典派古典派語法を吸収した。

ハイドンからも大きな影響を受けた、自由音楽家としてウィーンで活動した。
定職には就かなかった、生涯は裕福ではなかった。
ただし技量は同時代に高く評価された。


器楽分野

交響曲ピアノ協奏曲オペラ室内楽で活躍した、声楽作品も多く残した。
古典派声楽にも大きく貢献した、J.C.バッハ語法を継承した、ピアノ協奏曲を高度化し完成へ導いた。

ハイドンセット弦楽四重奏曲献呈した、6曲から成る弦楽四重奏曲集である。
アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は代表作である、K.525セレナードである。
最も有名なセレナードの一つである。

小規模交響曲的に扱われることもある、3大交響曲は第394041番である。
交響曲第39番》と《交響曲第40番》を含む、第41番は《交響曲第41番〈ジュピター〉》である。

ジュノム協奏曲》(《ジュノーム協奏曲》)は第9番である、特に優れたピアノ協奏曲とされる。
トルコ行進曲》はK.331の第3楽章である、《ピアノソナタ11番 イ長調 K.331》に属する。


オペラ宗教音楽

フィガロの結婚》は貴族社会への批判を含む、当時は検閲対応が必要であった。
上演には困難が伴いた、《ドン・ジョヴァンニ》はスペイン伝説を基にする。
劇性喜劇性が交錯するオペラである。

コジ・ファン・トゥッテ》は忠誠を試す喜劇的作品である、男女の浮気性も描きる。
初演時は賛否が分かれた、倫理的批判も受けた、死後を含む後世で評価が定着した。

台本作家ダ・ポンテとの協働作である、三作はダ・ポンテ三大オペラで、オペラ・ブッファである。
いずれもイタリアオペラである、《魔笛》と《後宮からの誘拐》はジングシュピールである。
ドイツ語で、しゃべり科白が入り、レチタティーヴォに代わる。

夜の女王のアリア》は最高難度級のソプラノ曲である、《パパゲーノのアリア》は鳥刺しの性格を示す。
パ・パ・パ》も有名である、《魔笛》はエジプト神話的意匠を持つ。
魔笛》はフリーメイソン思想も象徴する。

啓蒙主義フリーメイソン思想も読める、18世紀ウィーンハプスブルク家統治下であった。
皇帝ヨーゼフ2世の国民劇場政策が背景である、ドイツジングシュピール創作が推進された。
後宮からの誘拐》は1782716日初演である。

初演会場はウィーンブルク劇場である、《アヴェ・ヴェルム・コルプス》は晩年の教会音楽である。
レクイエム》は宗教音楽の代表作である、死者のためのミサ曲レクイエム・ミサ)である。
典礼文に基づく作品である。

オラトリオに連なる劇的宗教声楽の影響がある、合唱対位法的処理が見られる。
レクイエム》作曲中に病没した、未完部分は弟子ジュスマイヤーらが補筆した。
現在演奏される版が定着している。


関連語と周辺作曲家

基本語

周辺作曲家

ウィーン古典派(18世紀後半〜19世紀初頭:ベートーヴェン

世界史

革命と秩序再編

反動体制と公共圏

音楽史

ウィーン交響曲理念

作曲語法と編成拡張

ベートーヴェン略歴

生涯と活動基盤

創作転機と後期様式

主要作品

交響曲

ピアノソナタ

室内楽・協奏作品

オペラ・宗教作品

ロマン主義(19世紀:地域別導入)

ロマン主義音楽-ドイツ,オーストリア(19世紀)

思想と社会背景

音楽語法と美学対立

ロマン主義音楽イタリア・フランス・国民楽派

地域横断の潮流

政治運動との接続

フランスの時代背景と美術連動

制度・技術・文学

展覧会と印象主義受容

国民楽派の地域展開

運動の拡大

地域別の代表作曲家

地域別音楽史(イタリア・オペラフランス・オペラ

イタリア・オペラの展開

フランス・オペラと管弦楽

印象主義国民楽派の接点

用語整理

オペラ関連語

美学・作曲語法

作曲家一覧(タスク範囲収録名)

イタリア・フランス系

ロシア・東欧・北欧

ロマン主義(19世紀:ドイツ・中欧・各国作曲家前半)

音楽史

前期から後期への推移

思想・批評・国民意識

作曲家各論(前半)

前期ロマン派の中核

ドイツ語圏の中後期展開

イタリア・オペラ史(19世紀)

楽器製作と上演実務

ロマン主義(19世紀:同章後半)

作曲家2(補遺)

イタリア・フランスのオペラ展開

フランス管弦楽と印象主義

ロシア・中東欧・北欧の展開

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用語・技法

声楽と形式の語彙

様式概念と美学

和声・動機と民族語法

20世紀前半(1914〜1945)

世界史

戦争と国際秩序

視覚芸術と前衛

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