西洋音楽史 - 国別まとめ
国別・地域別で整理した要約ページ。
このページでは、indexの内容を国・地域単位で再配置できるように整理する。
同一時代内での国別比較と横断参照を行うための集約ページとして運用する。
- 対象時代古代エジプト〜20世紀各論
- 対象要素時代背景・人物・作品・技法・楽器(国・地域別再編)
- 再編方針index本文を国・地域ラベルに基づいて章内再配置
古代エジプト(紀元前30世紀頃〜紀元前1世紀頃)
アラブ圏の出来事
ウードの成立と定着
バルバットの西方系統はアラブ圏でウードとして定着し、イスラーム世界の代表的な撥弦楽器へ発展した。
中世ヨーロッパの出来事
ウードからリュートへの伝播
ウードは中世ヨーロッパに伝わってリュートとして受容され、ルネサンス以降の欧州音楽文化に広く展開した。
中国の出来事
琵琶(ピパ)への東方伝播
バルバットの東方系統は中国で琵琶(ピパ)として受容され、古代から中世にかけて西アジアと東アジアを結ぶ楽器伝播を示す。
古代エジプトの出来事
ハープとシストラムの儀礼文化
ハープは、 古代エジプトの 代表的な弦鳴楽器である、宮廷儀礼・ 宗教儀礼・宴席で 広く使われた。
古王国期から長く継承された点が重要である、ハープは、 古代エジプトの基幹楽器である。
シストラムは、 振って鳴らすガラガラ型 打楽器である、神殿儀礼や祭礼で重要な役割を担った。
金属枠に横棒を通した 構造が代表例である、シストラムは、 儀礼性の高い古代エジプトの楽器である。
紀元前3世紀の アレクサンドリアで、 クテシビオスが考案したという点が重要である。
対象は水圧オルガン (ヒュドラウリス)であるという点が重要である。
最古級の鍵盤楽器とされる、屋外向けの大音量を備え、 劇場や円形競技場でも用いられた。
技術革新が古代上演の音量を拡張したことは、公開上演文化の変化を示す重要な根拠である。
古代ペルシアの出来事
バルバット系統の起点
バルバットは古代ペルシアで用いられた短頸リュート属の撥弦楽器で、西方・東方へ展開する系統の起点となった。
古代ギリシア(紀元前10世紀頃〜紀元前1世紀頃)
オスマン帝国の出来事
ジャニサリー 受容と アッラ・トゥルカ
16〜18世紀、オスマン帝国ではジャニサリー軍楽メフテルが軍事儀礼の中で発展し、強い打楽器編成を特徴とした。
ヨーロッパの出来事
メフテル受容とアッラ・トゥルカ
メフテルはヨーロッパに強い印象を与え、18世紀にはシンバル・トライアングル・大太鼓の使用拡大とアッラ・トゥルカ(トルコ風)語法の定着を促した。
古代ギリシアの出来事
文明形成と ポリス 成立
紀元前10世紀ごろ、 アテネを含む ギリシア・ エーゲ海世界で 変化が進んだ。
ミケーネ文明の後に ギリシア文明が形成された、紀元前8世紀ごろには、 ポリスが成立する。
同時に植民活動も拡大し、交易圏と文化圏の再編を長期的に促した。
古典期と秩序の動揺
紀元前5世紀ごろ、 アテネは 最盛期を迎えた、古典期の中心として位置づけられる。
一方で、 マケドニアが台頭する、その介入で アテネ中心の秩序は動揺した。
ムーシケー と吟唱伝統
古代ギリシアでは、 音楽は言葉と不可分であり、撥弦楽器は リラと キタラである。
管楽器には アウロスが用いられた、「ミュージック」は ムーシケーに由来する。
これは詩・ 音楽・ 舞踏を含む 総合芸術概念であるという点が重要である。
ホメロスの 《イーリアス (イリアス)》・ 《オデュッセイア》は、 叙事詩である。
吟唱伝統と結びついた、キタラや アウロスの 伴奏文脈で多く語られる。
悲劇/喜劇と祭礼上演
紀元前5世紀ごろには、 ギリシア悲劇/喜劇が確立した、上演空間の中心は オルケストラである。
これは スケネ手前にある、観客席は テアトロンである、合唱隊は コロスとして機能した。
叙事詩・ 音楽・ 舞踏が一体化した ムーシケーは、 ギリシア人の自認を強化した。
上演は 酒神ディオニュソスを祀る ディオニュシア祭と結びつくという点が重要である。
ソフォクレスの 《オイディプス王》が代表作であるという点が重要である。
ピタゴラス 学派と音程理論
ピタゴラス (ピュタゴラス)学派は、 宇宙を数の調和として捉えた。
音程理論の基盤を整えた、オクターブを 1:2、 完全5度を 2:3で示した。
ピュタゴラス音律 (ピタゴラス音律)では 3:2連鎖で音階を構成する。
テトラコルド (四音音階)は、 完全4度内に4音を置く単位である。
分割の属は ディアトニック、 クロマティック、 エンハーモニックである。
エートス 論と倫理思想
古代ローマ(紀元前8世紀頃〜5世紀)
古代ローマの出来事
文化継承と教育制度
紀元前〜紀元後1世紀の ローマでは、 エトルリアと ギリシアの伝統を継承した。
帝政期に都市文化が 発展した、教育では ギリシア由来学芸を継承した。
音楽は 数学的教養として クアドリウィウムへ接続するという点が重要である。
管楽器と公共空間
ティービアは、 アウロス系の ダブルリード管である、3〜 4指孔型を含む。
宗教儀礼、 劇場、 祭礼(ディオニュソス 祭儀系統を含む)で広く使われた。
コルヌ・ トゥーバ・ ブッキナは、 金管系 楽器である、軍事・儀礼・競技の合図に用いられた。
屋外での遠達性が高く、 行進や式典の進行指示に機能したという点が重要である。
都市資料と上演空間
紀元後1世紀(帝政初期)の ポンペイ出土資料、 とくに街路楽師モザイクは 重要資料である。
音楽実践が 日常文化に根付いていたことを示すという点が重要である。
コロッセウムと 各地の劇場では、 祭典・競技・詩朗誦・演劇が結びついた。
テルマエは公衆浴場で、 コロッセウムとは 用途が異なるという点が重要である。
ネロ 像と後世 オペラ
54〜68年のローマ皇帝ネロは歌唱・竪琴演奏・競技参加を積極的に行い、音楽的自己演出を通じて名声を追求した。
近世イタリアの出来事
ネロ像のオペラ題材化
この皇帝像は近世イタリアのオペラ題材へ継承され、モンテヴェルディ《ポッペアの戴冠》(1642/43)やヘンデル《アグリッピーナ》(1709)に結実した。
中世(5〜15世紀)
イングランド・大陸ヨーロッパ(ブルゴーニュ/フランス圏)の共通の出来事
イングランドと大陸 和声
イングランドの ジョン・ダンスタブルは、 3度・ 6度協和を重視した。
大陸和声へ 大きな影響を与え、中世末の和声観の転換点となった。
ガリア・フランク王国・ローマの共通の出来事
グレゴリオ聖歌 の成立
8〜9世紀の フランク王国 (カロリング朝)で 整理が進み。
ローマ聖歌と ガリア聖歌が 統合・標準化された、グレゴリオ聖歌が成立した。
これは 単旋律無伴奏、ラテン語の 聖歌で、通常文と 固有文の 典礼実践を支える。
ドイツ語圏・フランス(南北)・西欧ラテン圏の共通の出来事
世俗文化の担い手
同時期の世俗音楽では、 宮廷風恋愛・ 英雄叙事・ 風刺が同時進行で並行する。
担い手には トルバドゥール/ トルヴェールがいる、ジョングルール/ ミンストレル (芸人)もいる。
ミンネジンガーと ゴリアールも活動し、世俗詩歌の担い手が多様化した。
トルバドゥール/ トルヴェールは 南北フランスで オック語/ オイル語を使用した。
ミンネジンガーは ドイツ語圏で ミンネを歌うという点が重要である。
ゴリアールは 放浪知識人層で、 《カルミナ・ブラーナ》 伝承に連なる。
イタリアの出来事
教皇権と建築文化
イタリアではロマネスク建築が展開し、バーリのサン・ニコラ聖堂(バシリカ・ディ・サン・ニコラ)が代表例とされる。
フランスの出来事
ゴシック建築とノートルダム
フランスではゴシック建築が発展し、パリのノートルダム大聖堂は1163年着工の代表例として位置づけられる。
フランス(パリ・ランス・アヴィニョン)の出来事
アルス・ノヴァの理論と実践
14世紀の フランスで 新技法が定着する、主要拠点は パリ・ランス・ アヴィニョンである。
この潮流を アルス・ノヴァと呼ぶ、これは14世紀の 時代区分である。
名称は フィリップ・ド・ヴィトリーの 理論(1320年頃)に由来する。
メンスーラ記譜法が精密化し、 2分割と 3分割の拍節が 正規化された。
細分音価と シンコペーションの活用で、 リズム構築は高度化する。
モテットでは下声に ラテン語、 上声に フランス語を置く実践も 確認される。
- ギヨーム・ド・マショー《ノートルダム・ミサ》: ミサ通常文全体設定の初期代表。
- ギヨーム・ド・マショー《我が終わりは我が始め》: ロンドー形式。
逆行カノンを用いる技巧作であり、作曲技法の高度化を端的に示す。 - 世俗定型: バラード・ヴィルレー・ロンドー(定型詩形)と宮廷風愛の多声シャンソン。
フランス(パリ)の出来事
ノートル・ダム楽派 (12〜13世紀)
12〜13世紀の ノートル・ダム楽派は、 アルス・アンティクァの中核である。
モード記譜法と 3分割重視の拍節運用を基盤に、 オルガヌムを 発展させた。
レオニヌス (レオナン)は 2声と オルガヌム大全で知られるという点が重要である。
ペロティヌス (ペロタン)は 3声・ 4声へ 拡張したという点が重要である。
中世ヨーロッパの出来事
記譜教育の体系化
トロープス から オルガヌム へ
10〜11世紀には 聖歌旋律を 拡張する トロープスが登場した、そこから セクエンツァが生まれた。
9〜10世紀の 平行オルガヌム (4度・ 5度)を経た、11世紀には 自由オルガヌムが成立する。
内部技法として ディスカント様式と オルガヌム様式が 区別される。
中世ヨーロッパ(フランス・パリ中心)の出来事
12〜13世紀の多声化
12世紀には保持声部 テノール概念が定着し、 可動部分 クラウスラが理論化される。
12〜13世紀には、 上声に 世俗的な歌詞を載せる モテットが登場した。
全声部新作の コンダクトゥスも 重要ジャンルとなるという点が重要である。
古代マケドニアの出来事
ローマ世界から中世秩序へ
紀元前168年のピュドナの戦いでマケドニア王国はローマに敗れ、古代マケドニアは地中海覇権を失った。
古代ローマの出来事
パクス・ロマーナと帝国安定
ローマはこの勝利後に地中海世界で優位を確立し、前27年から後180年頃のパクス・ロマーナ期に帝国秩序の長期安定を実現した。
東ローマ帝国の出来事
国教化と東西分裂
4世紀末にローマ帝国でキリスト教の国教化が進み、395年の東西分裂後は東ローマ帝国が比較的安定を保つ一方で西方の衰退が進行した。
西ヨーロッパ(フランク王国圏)の出来事
西ローマ滅亡後の新秩序形成
476年の西ローマ帝国滅亡後、西ヨーロッパではフランク勢力とローマ教会の連携が新秩序形成を主導し、843年ヴェルダン条約を経てフランス・イタリア・ドイツの原型が示された。
西ヨーロッパ(教皇権圏)の出来事
教皇権と建築文化
西ヨーロッパの教皇権は十字軍運動を通じて権威を拡大したが、後期中世には内部対立と教会制度の混乱で求心力を失い、ルネサンスへ向かう批判的思潮の背景となった。
ルネサンス (15〜16世紀:前期15世紀)
イングランド・ブルゴーニュ公国の共通の出来事
ブルゴーニュ楽派 の成立
15世紀 前半の ブルゴーニュ公国で、 ブルゴーニュ楽派が成立した。
ジル・バンショワ、 ギヨーム・デュファイ (1397- 1474)が活躍する。
イングランドの ジョン・ダンスタブル由来の 3度・ 6度協和を取り込んだ。
フォーブルドンは、 下方4度配置による 和声化技法である。
ブルゴーニュ公国)・西ヨーロッパ(教皇庁圏の共通の出来事
教皇権の衰退と社会構造の変化
14世紀末以降、 教皇権は 十字軍失敗と 黒死病流行で 権威を失いた。
これにより、 農民の地位上昇、 領主の相対的低下、 諸侯と 王権の強化が進む。
とくに ブルゴーニュ公の 支配領域が拡大した、その中核が ブルゴーニュ公国である。
政治・文化の中心になる。
フランドル地方(低地地方)の出来事
フランドル地方 と 100年戦争
14世紀末〜15世紀 前半、 フランドル地方は 経済的に繁栄した。
現在の ベルギー/ オランダ付近である、ここは ブルゴーニュ公国の 中核文化圏として機能する。
100年戦争 (1337- 1453)では 抗争が続いた。
主軸は イングランド王権と フランス王権である、ブルゴーニュの同盟先は 時期で変動し。
ジャンヌ・ダルクが 象徴的人物として現れる。
フランドル楽派 への継承
15世紀後半には中心が フランドル地方へ移り、 フランドル楽派が継承した。
ヨハネス・オケゲムを経た。
ジョスカン・デ・プレ が活躍する、別名は ジョスカン・デプレである。
生没年は 1450- 1521である、彼は ポリフォニーを完成させる。
通模倣技法・ パロディ・ミサを駆使した。
《パンジェ・リングァ・ミサ》は 通模倣様式の代表例である。
《アヴェ・マリア…ヴィルゴ・セレナ》は 代表的モテットである。
《ロム・アルメ・ミサ》は 同名題材の作品群である、複数作曲家により書かれた。
定旋律の置き方と展開法に 違いがある。
北イタリア(都市国家圏)の出来事
北イタリアと文化運動
同時期の 北イタリアでは、 十字軍後の 地中海貿易で 都市国家が台頭した。
古代ギリシア・ローマ文化の 復興運動として ルネサンス (再生)が形成される。
人間中心の視点、 遠近法、 科学技術が 発展した。
西ヨーロッパの出来事
印刷と音楽受容の拡大
音楽史的意義
西ヨーロッパ(ラテン教会圏)の出来事
循環ミサ と 定旋律 統一
この時代は 循環ミサが 発展した、とくに 定旋律ミサが重視される。
中心は ミサ通常文である、共通定旋律 (カントゥス・フィルムス)で 各楽章を統一する。
リズム動機の反復や イソリズムも用いられた、イソリズムは リズム型と 旋律型の反復結合である。
《ロム・アルメ・ミサ》は 世俗旋律ロム・アルメを テノールへ据える典型例である。
西ヨーロッパ(音楽理論語彙圏)の出来事
基礎用語
ルネサンス (15〜16世紀:後期16世紀)
イタリアの出来事
マドリガーレ の深化
イタリアでは《カント・カルナシャレスコ》が普及した、メディチ家と謝肉祭文化が背景である。
続いて《フロットラ》を経て《マドリガーレ》へ発展した、マドリガルとしても広がった。
詩と音楽の結合が深化した。
表現の先鋭化と初期 オペラ
カルロ・ジェズアルドは強い表現を志向した、半音階と不協和音を多用した。
《マドリガーレ集第5巻》と《マドリガーレ集第6巻》を残した。
クラウディオ・モンテヴェルディは第2の作曲法を掲げた、《マドリガーレ集》と《オルフェオ》で初期オペラの方向を示した。
第1の作曲法 と 第2の作曲法
イタリア(カトリック圏)の出来事
国家 体制と宗教秩序の再編
イタリアを中核とするカトリック圏では対抗宗教改革が進行し、トリエント公会議を通じて教義・制度の刷新が推進された。
ローマ楽派 と カトリック圏
イタリア(カトリック圏)ではポリフォニーの複雑化が批判された。
パレストリーナは歌詞明瞭性の高い書法で応答した、ローマ楽派は均整ある多声様式を確立した。
《教皇マルチェルスのミサ》が代表作である、ミサ曲とモテットの伝統は再定義された。
イタリア(ヴェネツィア)の出来事
都市空間と文化基盤
イタリアのヴェネツィアではサン・マルコ大聖堂の空間構造と残響特性が音楽実践に作用し、新しい作曲様式の形成を刺激した。
ヴェネツィア楽派 の空間書法
ヴェネツィア楽派は空間書法を発展させた、アンドレア・ガブリエリとジョヴァンニ・ガブリエリが活動した。
二重合唱様式(コリ・スペッツァーティ)が発展した、コンチェルタート様式は群間対話を重視する。
《弱と強のソナタ》(ピアノとフォルテのソナタ)は強弱記号を伴う代表作である。
イングランドの出来事
国家 体制と宗教秩序の再編
イングランドではヘンリー8世がローマ教皇権から離脱して英国国教会(イングランド国教会)を成立させ、国家主導の宗教体制を形成した。
イングランド(英国国教会圏)の出来事
英国国教会 の礼拝ジャンル
ドイツの出来事
世俗曲の展開
ドイツではリート(テノールリート)が流行し、テノールに主旋律を置く構成が広がった。ハインリヒ・イザークは宗教・世俗双方に作品を残した。
ドイツ(ルター派圏)の出来事
宗教改革 圏の礼拝音楽
ドイツではルター派礼拝歌が整備された、ドイツ語のコラールが成立した。
これは讃美歌として機能した、単旋律で信徒が参加しやすい性格である。
ヨハン・ヴァルターはマルティン・ルターと協力した。
《神はわがやぐら》は代表的コラールである、ポリフォニー化にもつながった。
ドイツ(神聖ローマ帝国領)の出来事
宗教改革 の始動
ハプスブルク君主国圏の出来事
国家 体制と宗教秩序の再編
16世紀のハプスブルク君主国圏は、カール5世の時代を中心に広域支配を展開して全盛局面を迎えた。
フランスの出来事
都市空間と文化基盤
フランスでは近世に君主権集中が進み、主権国家としての体制整備が進展した。
世俗曲の展開
フランスではシャンソンが展開し、クロダン・ド・セルミジやクレマン・ジャヌカンが活動した。『鳥の歌』は標題シャンソンの代表である。
西ヨーロッパの出来事
マニエリスム との連関
西ヨーロッパ(音楽理論語彙圏)の出来事
劇的・ 叙情的 ・典礼的
劇的とは音楽が人物心理を描く性格である、物語進行を担う性格も含む。
関連語として叙情的と典礼的がある、これらは同一作品内で併存しえる。
バロック (17世紀〜18世紀前半)
イタリア・ドイツ語圏(西ヨーロッパ)・フランスの共通の出来事
器楽形式と作曲語法の体系化
- リチェルカーレはポリフォニー的な器楽曲である、主題が転調しつつ展開する。
- フーガは器楽・声楽の双方で用いられる、主題と対位句を模倣展開する追走様式である。
- トッカータは即興的技巧曲である、フーガ前置として連結される例が多くある。
- 組曲は舞曲連結による形式である、基本はアルマンド・クーラント・サラバンド・ジーグである。
ジーグは6/8など複合拍子が多いである、クーラントはフランス系が中庸である。
イタリア系は速めである。 - ソナタは「演奏する」を語源とする器楽概念である、トリオ・ソナタは2高声部+通奏低音の3声書法である。
実演は通常4人以上である。 - ソナタ・ダ・キエーザ(教会ソナタ)がある、ソナタ・ダ・カメラ(室内ソナタ)もある。
この対比は後の古典派器楽整理にも接続する。 - コンチェルトは独奏と合奏の切り替えで進行する、合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)と独奏協奏曲の二型がある。
- リトルネロ形式は全奏リトルネロと独奏エピソードの交替で進む。
古典派のロンド形式は主調回帰を軸にする点が対照的である。 - ノン・ムジュレは小節線を固定しないフランス鍵盤前奏曲様式である。
ルイ・クープランが代表例である。
小規模室内のトリオ・ソナタと、大規模合奏のコンチェルトは対照的である。
編成規模の差が形式感の差につながる。
イタリア・フランス・西ヨーロッパの共通の出来事
バロック美学と政治宗教背景
時期は16世紀後半から17世紀である、中心はヨーロッパのイタリアとフランスである。
絶対王政が広がった、芸術は権威演出に使われた、ルイ14世は体制の象徴である。
背景には教皇権の低下がある、宗教改革と対抗宗教改革も重なる、劇的でわかりやすい表現が求められた。
誇張と調和が重視された、体制の可視化が美学を方向づけた。
ルネサンスの均衡・比例は後景化した、運動感と対比が前面化した。
劇性の追求も強まった、アフェクト論(情念論)が浸透した、神と王権の演出と人間心理描写が併走した。
呼称バロックは後世語である、語源は歪んだ真珠で批判語である、17世紀の危機も背景である。
30年戦争や宗教戦争が続いた、経済低迷と寒冷期も誇張表現を後押しした。
イタリアは主戦場ではありない、ただし周辺戦争の影響は受けた、外交経路を通じた波及もあった。
地域差を踏まえて理解する。
ドイツ語圏・フランス・西ヨーロッパの共通の出来事
鍵盤楽器文化と編成拡張
クラヴサンはフランスでノン・ムジュレとともに発展した、ルイ・クープランがその発展に寄与した。
チェンバロは独奏と通奏低音の双方で重要である、オルガンはコラール伴奏でも使われた。
室内楽伴奏でも中核である。
鍵盤三群はオルガン・クラヴィコード・チェンバロである、バロック後期には低音弦の金属巻き弦(ガット芯)が普及した。
音量と歌唱的表現の幅が拡大した、楽器技術の変化が表現拡張を支えた。
楽器編成の拡張で独奏と合奏の対照が鮮明になった、形式と編成の両面で近代的管弦楽へ接続する。
イギリスの出来事
オラトリオ 主要作
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルはオラトリオの大衆化を進め、「ハレルヤ」で広く知られる《メサイア》を含む代表作群を残した。代表作として《サムソン》《メサイア》《ユダス・マカベウス》が挙げられ、《リナルド》はヘンデルのオペラ作品である。
ヘンデルはイタリア留学後にイギリスで成功した。《ジュリオ・チェーザレ》(《エジプトのジュリオ・チェーザレ》)はオペラ・セリアで、1723年作曲・1724年初演である。ヘンデル《調子の良い鍛冶屋》は《エアと変奏》の通称で、第5組曲(HWV430)終曲として1720年刊の組曲集(HWV426-433)に収録される。
イタリアの出来事
オペラ の定型化
オペラは歌・演技・衣装・舞台を統合する総合芸術として定型化し、構成は序曲→レチタティーヴォ→アリアへ整理された。ダ・カーポ・アリア(ABA)が主流化し、アレッサンドロ・スカルラッティを軸に様式化が進んだ。1637年以降はヴェネツィアの公開劇場を中核に商業化が進み、宮廷催事から都市興行へ移行した。イタリア序曲は速く―ゆっくり―速くの型をとる。
モンテヴェルディ と オラトリオ
1607年に《オルフェオ》が初演された、作曲はクラウディオ・モンテヴェルディである。
後にヴェネチアへ移りサン・モルコ楽長となった、《ポッペアの戴冠》はネロとポッペアを描く。
初期から後期までオペラ史を牽引した。
オラトリオは劇的声楽の一類型である、語源はオラトリウムである。
原義は祈祷所または祈祷室である、聖書題材を扱い演技と舞台は伴わない。
四旬節にはオペラの代替として劇場上演された。
オラトリオ 主要作
エミリオ・デ・カヴァリエーリ《魂と肉体の劇》は1600年に出版された初期オラトリオとして位置づけられる。
モンテヴェルディは《オルフェオ》を作曲し、《ポッペアの戴冠》(《ポッペーアの戴冠》)は1642〜1643年成立とされる。モンテヴェルディは1610年刊の教会曲集でミサ曲を公刊した。アレッサンドロ・スカルラッティはナポリで活動し、《ピロとデメトリオ》の《スミレ》が著名である。ヘンデルはイタリア留学期に《アグリッピーナ》(1709)を作曲した。
ヴィヴァルディ と 協奏曲
ヴィヴァルディ《四季》は作品8《和声と創意の試み》の1〜4曲である。
作品8は全12曲の協奏曲集である、《四季》はヴァイオリン独奏による4曲である。
ソネット(14行詩)に基づく標題音楽である、各曲は主に3楽章(急-緩-急)である。
リトルネロ形式と標題性を統合した代表作である。
イタリア(フィレンツェ)の出来事
カメラータ と オペラ 誕生
17世紀初頭、フィレンツェで転換が起いた、カメラータが活動した。
古代ギリシアの悲劇の復興を目指した、ポリフォニー中心から離れた。
単旋律+和音のモノディーが成立した。
単旋律は独唱を際立たせる、演劇的表現が重要になった、音楽劇としてオペラが成立した。
後のホモフォニーの基盤にもなった、声楽書法の中心が交代した。
ヤコポ・ペーリが初期作品を残した、《ダフネ》は現存しない、《エウリディーチェ》は現存する。
両作は最初期オペラの基準である、初期史の要点はこの2作である。
ドイツの出来事
ヘンデルとシュッツの系譜
ヘンデルはドイツ出身である。ハインリヒ・シュッツはヴェネツィア様式を導入し、後のバッハへ連なる土壌を築いた。
ドイツ(プロテスタント圏)の出来事
プロテスタント 圏の宗教声楽
17世紀中盤から後半の動向である、プロテスタント地域で展開した。
単旋律コラールが基盤である、多声宗教曲が発達しコラール編曲とコラール・モテットが代表である。
ハインリヒ・シュッツがドイツ宗教音楽の基盤を強化した。
ドイツ(神聖ローマ帝国領)の出来事
J.S.バッハ作品群の総覧
J.S.バッハの主要作品には《トッカータとフーガ ニ短調》がある。
《平均律クラヴィーア曲集》は前奏曲+フーガの全調構成である。
《インヴェンションとシンフォニア》は教育用の2声・3声作品である。
《フランス組曲》《イギリス組曲》《無伴奏チェロ組曲》も重要である。
対位法と舞曲語法が高密度に統合されている。
《ブランデンブルク協奏曲》は多様編成の集大成である、《ロ短調ミサ》はBWV232である。
ミサ通常文を大規模に作曲した作品である、《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》がある。
旧表記は《ヴァイオリンソナタ》である。
《マタイ受難曲》はオラトリオ的宗教声楽の代表である、メンデルスゾーンの再演が再評価の契機である。
作品群は器楽と宗教声楽の双方で規範になった。
《ゴルトベルク変奏曲》は主題と30の変奏で構成される、グレン・グールド録音(1955/1981)でも広く知られる。
後世受容まで含めて影響が非常に大きい作曲家である。
フランスの出来事
オペラ の定型化
オペラは歌・演技・衣装・舞台を統合する総合芸術として定型化し、構成は序曲→レチタティーヴォ→アリアへ整理された。ジャン=バティスト・リュリはフランス様式を形成し、バレエとオペラの結合を推進した。フランス序曲はゆっくり―速く―ゆっくりの型をとる。
リュリはルイ14世に仕えてフランス式オペラを確立し、《アルミード》と《アルセスト》が代表作である。
西ヨーロッパ(バロック器楽語法圏)の出来事
バロック器楽語法の確立
17世紀から18世紀前半、器楽は声楽から独立した、技巧性と構造性を重視する流れが強まった。
調性(長調・短調)が確立し、転調と構成美が発達した、楽器編成と強弱の段階的設計も進んだ。
通奏低音を軸に、器楽語法が体系化した。
通奏低音は旋律と和声を支える基盤である、同時に、主題模倣にもとづくポリフォニー書法も中核である。
代表はフーガである、旋律+和声と対位法が並立した。
バロック器楽の主要形式は3つである、ポリフォニー的楽曲、舞曲、多部分形式である。
舞曲は宮廷とサロンの室内文化で発展した、サロンは貴族や知識層の私邸での社交集会である。
組曲化と室内実践が形式を育てた。
多部分形式にはカンツォーナ、ファンタジア、ソナタがある、セクション分割を前提に構成される。
調性変化とエピソードの対比が要点である、部分対比で大きな構造を作る。
西ヨーロッパ(バロック実践圏)の出来事
機能と編成
通奏低音は和声を即興補完する伴奏原理である、低音部と数字付き低音で構成される。
チェンバロやオルガンなど和音楽器が担いる、チェロやヴィオラ・ダ・ガンバなど低音旋律楽器も組む。
数字記号を基に和音を即興演奏する。
西ヨーロッパ(バロック楽器体系圏)の出来事
バロック楽器体系の概観
- チェンバロは弦をはじく鍵盤楽器である、別名はハープシコード(英)/クラヴサン(仏)である。
- クラヴィコードはタンジェントで打弦発音する、繊細な強弱とベーブングが可能である。
- パイプオルガンは空気で発音する大型鍵盤楽器である、主に教会で用いられる。
- ヴィオラ・ダ・ガンバは脚間保持の擦弦楽器である、後にチェロ普及で後退した。
- ヴァイオリンはバロック以降の中核擦弦楽器である、歌唱的旋律と高い機動性を示す。
- リコーダーは縦笛である、フラウト・トラヴェルソ(横笛)へ重心が移行した。
フラウト・トラヴェルソは繊細表現に優れる。 - オーボエとファゴットはダブルリード木管である。
- ナチュラル・トランペットとナチュラル・ホルンはバルブを持たない。
自然倍音で発音する金管である。
前古典派 (18世紀前半〜後半/1720年頃〜1780年頃)
イタリア・ドイツ語圏・西ヨーロッパの共通の出来事
作曲語法の変化
通奏低音中心の書法から離れた、それ以前の鍵盤音楽は通奏低音が中心であった。
アルベルティ・バスなど伴奏技法が普及した。
ギャラント様式と多感様式が併存した、和声感と調性対比の明確化が進んだ。
ソナタ形式原理の基盤が形成された。
イギリスの出来事
政治経済と文化制度
イギリスではピューリタン革命が1642年に始まり、のちに名誉革命(1688〜1689年)が起きて議会主導の体制が進んだ。これらの政治変動は宮廷中心の文化需要を相対化し、市民層の音楽受容拡大を後押しした。
イタリアの出来事
オペラ の二重系と改革
イタリアでは、神話・歴史題材を扱うオペラ・セリアと、インテルメッツォ由来の喜歌劇オペラ・ブッファが並行して展開した。アレッサンドロ・スカルラッティの系譜と、ペルゴレージ《奥様女中》(La serva padrona, 1733)はこの成立を象徴する。
イタリア・オペラ 文脈
イタリアでは、アレッサンドロ・スカルラッティがナポリ楽派の基盤を築き、ダ・カーポ・アリアの定着に大きく寄与した。ペルゴレージは《奥様女中》でオペラ・ブッファの成立を象徴し、18世紀の明快な劇音楽語法を先導した。
イタリア(フィレンツェ)の出来事
ピアノ の発明と鍵盤文化
1700年頃、イタリアで転換が起きた、バルトロメオ・クリストフォリがピアノを発明した。
正式名はクラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテである。
1709年頃の文献言及もしばしば参照される、新鍵盤楽器の登場で表現領域が拡大した。
ドイツ語圏の出来事
オペラ の二重系と改革
ドイツ語圏出身のグルックは、歌手の技巧偏重を抑えて劇と音楽の統一を重視するオペラ改革を主導した。代表作《オルフェオとエウリディーチェ》は、前古典派における改革理念の中核例として位置づけられる。
ドイツ語圏出身のグルックは、オペラ・セリア改革を主導し、音楽・演技・脚本の劇的統一を重視する方向へ舞台作品を再構成した。代表作《オルフェオとエウリディーチェ》は、この改革理念を示す中核作品である。
ドイツ語圏(神聖ローマ帝国領)の出来事
ドイツ語圏の中核
- ヨハン・シュターミッツはマンハイム楽派の中心である、交響曲と4楽章形式の整備に貢献した。
ソナタ形式普及にも影響した。 - カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが該当する、別表記はC.P.E.バッハである。
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの子である、鍵盤音楽・シンフォニア・協奏曲に業績を残した。 - ヨハン・クリスティアン・バッハ(J.C.バッハ)は初期古典派の作曲家である。
鍵盤協奏曲(チェンバロ・ピアノ)を開拓した、若年期モーツァルトへ影響した。
ドイツ(神聖ローマ帝国領・マンハイム)の出来事
マンハイム楽派 と管弦楽語法
18世紀中頃〜後半、1740年代以降はドイツ南西部のマンハイムが中核であった。
マンハイム楽派がオーケストラ運用を整備した、交響曲の4楽章形式も整った。
4楽章は急→緩→舞曲(メヌエット)→急である、スケルツォの一般化はベートーヴェン以後である。
ヨハン・シュターミッツが楽長として中核を担った、前古典派の管弦楽基盤を作った中心人物である。
フランスの出来事
フランスでは1789年のフランス革命を契機に政治・社会秩序が大きく変動し、旧体制の文化制度も再編された。革命前後の変化は市民社会の形成を促し、音楽受容の担い手を宮廷から公共空間へ広げた。
オペラ の二重系と改革
フランスでは、グルックがパリで上演活動を行い、イタリア的慣習を修正しつつフランス語圏の悲劇オペラに改革理念を適用した。これにより18世紀後半のフランス・オペラは、劇的整合性を重視する方向へ再編された。
イタリア・オペラ 文脈
フランスでは、グルックがパリで改革オペラを展開し、従来の慣習に対して劇全体の一体性を重視する方針を強く打ち出した。こうした実践は18世紀後半のフランス・オペラ受容を再編し、後続作曲家の議論にも影響した。
ヨーロッパ(ドイツ・イタリア中心)の出来事
時代位置と社会層の変化
18世紀前半〜後半、中心はヨーロッパである、とくにドイツとイタリアが重要である。
バロックからウィーン古典派への過渡期である、バッハ存命期(〜1750)とも重なる。
区分は連続的で境界が曖昧である。
文化の中心は王侯貴族から市民へ移った、ブルジョワジーが台頭した。
王侯貴族は土地基盤である、ブルジョワジーは資本基盤である、受容層の変化が作曲需要を変えた。
西ヨーロッパの出来事
政治経済と文化制度
西ヨーロッパでは啓蒙主義の広がりと資本主義・出版市場の拡大により、18世紀に公開演奏会の制度が各地で発展した。ブルジョワジーの台頭と公共圏の拡大は、交響曲や鍵盤作品など新しい都市聴衆向けジャンルの成長を支えた。
西ヨーロッパ(ドイツ語圏中心)の出来事
前古典派様式とソナタ原理
西ヨーロッパ(啓蒙主義・ロココ文化圏)の出来事
美意識の転換
ウィーン古典派 (18世紀後半〜19世紀初頭: ハイドン / モーツァルト )
オーストリア・ドイツの共通の出来事
時代枠と地域
18世紀末〜19世紀初頭である、オーストリア・ドイツが中心である。
ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンが古典派様式を確立した。
最狭義は1780〜1820である、広義は1732〜1827を含む。
ベートーヴェン後期はロマン派へ接続する、古典派は長い移行帯を含む時代区分である。
イギリスの出来事
代表作品
イギリス文脈では、第92番《オックスフォード》、第94番《驚愕》(第2楽章)、および《ザロモン交響曲》(ロンドン交響曲)が代表作として重視される。
イタリアの出来事
ジャンル整備
イタリア系オペラの文脈では、古典派期にもオペラ・セリアとオペラ・ブッファが並行して展開した。
オペラ と 宗教音楽
イタリア文脈では、《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トゥッテ》がダ・ポンテとの協働によるイタリア語オペラ(ダ・ポンテ三大オペラ)として位置づき、オペラ・ブッファの中核をなす。《フィガロの結婚》は貴族社会批判を含み検閲対応を要し、《コジ・ファン・トゥッテ》は初演時に倫理的批判も受けたが後世に評価が定着した。
基本語
イタリア文脈では、オペラ・ブッファは喜劇的内容のイタリア語オペラとして展開し、オペラ・セリアは王侯貴族や歴史・神話題材の正歌劇系統として区別される。両者ともレチタティーヴォとアリアを主要構成要素に持ち、18世紀オペラ語法の基盤を形成した。
オーストリアの出来事
思想潮流と感情表現
オーストリアのウィーン古典派では、ハイドンが理性・秩序志向の作風を担い、均衡を重んじる古典的語法を定着させた。理性側のハイドンと情動側のベートーヴェンの対比は、古典派理解の基本枠組みとして機能する。
オーストリアのウィーン古典派では、交響曲・弦楽四重奏曲・ピアノ曲が成熟し、ハイドン(100曲以上)を軸に、モーツァルト(41曲)とベートーヴェン(9曲)が交響曲の完成度を高めた。
理論化と歴史理解
この理論をオーストリアのウィーン古典派作品へ遡及適用すると、18世紀実作法との間に解釈差が生じる。18世紀作品の分析では、再現の把握を軸に理論史と実作法の差を区別して読む必要がある。
オーストリア文脈では、《朝》《昼》《夜》など初期交響曲にコンチェルト・グロッソ的要素が残り、《告別》を含む短調交響曲群は疾風怒濤期を代表する。後期にはオラトリオ《天地創造》《四季》とミサ曲《ミサ・サンクティ・ニコライ》が重要作品として位置づく。
オーストリア文脈では、18世紀ウィーンのハプスブルク統治下でヨーゼフ2世の国民劇場政策が作用し、ドイツ語舞台作品の創作が推進された。《後宮からの誘拐》は1782年7月16日にウィーンで初演され、晩年宗教作品《アヴェ・ヴェルム・コルプス》と《レクイエム》は典礼文に基づく重要作として位置づく。《レクイエム》は作曲中に未完となり、ジュスマイヤーらの補筆版が定着した。
オーストリア文脈では、古典派作曲家が貴族や敬意を払う人物へ作品を献呈する慣習が定着していた。モーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》(K.525)や《魔笛》の《パパゲーノのアリア》《夜の女王のアリア》は、この文化圏を代表する実例として位置づく。
オーストリア(ハプスブルク帝国・ウィーン)の出来事
帝国秩序と都市 ウィーン
ウィーンはハプスブルク帝国の中心である、宮廷・劇場・出版が集積した。
神聖ローマ帝国は1806に解体した、以後はオーストリア帝国体制へ移行した。
マリア・テレジアとヨーゼフ2の改革も重要である。
ルドルフ1(13世紀)以降、王朝基盤が拡大した、15世紀以降の継承構造にも連続する。
マリー・アントワネット(マリア・テレジアの娘)は同時代人物である。
ハプスブルク家とフランス宮廷文化の連結を示す、ドナウ川流域の交通結節性も集積を後押しした。
帝国制度と都市機能が作曲活動を支えた。
スペインの出来事
ドン・フアン伝説とドラマ・ジョコーソ
スペイン文脈では、《ドン・ジョヴァンニ》の主人公像がスペイン伝説ドン・フアンを基盤としている。作品自体は悲劇性と喜劇性が交錯するドラマ・ジョコーソとして構成される。
ドイツ語圏の出来事
思想潮流と感情表現
ドイツ語圏では疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドランク)が感情と情熱の表出を前面化し、古典派の表現語法に緊張を与えた。ベートーヴェンはこの文脈で情動寄りの作風を体現する作曲家として対比的に語られる。
ジャンル整備
ドイツ語圏を中核とする古典派器楽では、通奏低音慣習から離れて主旋律と伴奏の関係が明確化し、ホモフォニー書法が標準化した。変奏曲は古典派ピアノでソナタと並ぶ主要形式として重視された。
理論化と歴史理解
ドイツ語圏では19世紀中盤にA.B.マルクスがソナタ形式理論を体系化し、提示部・展開部・再現部という枠組みを広く定着させた。19世紀理論は主題対比の強調に傾く傾向をもった。
ドイツ語圏文脈では、《魔笛》と《後宮からの誘拐》がドイツ語ジングシュピールとして書かれ、しゃべり科白を用いてレチタティーヴォを置き換える形式をとる。《夜の女王のアリア》《パパゲーノのアリア》《パ・パ・パ》は代表的場面で、《魔笛》にはエジプト神話的意匠やフリーメイソン象徴が組み込まれる。
ドイツ語圏文脈では、ジングシュピールは18世紀中頃に成立したドイツ語テクストの歌芝居で、歌唱曲の間にしゃべり科白を挟む形式をとる。市民階級を主人公にした喜劇的作例が多く、後期18世紀の舞台実践で重要な位置を占めた。
ドイツ語圏(プロイセン含む)の出来事
周辺作曲家
- 《魔弾の射手》はC.M.v.ウェーバー作曲である、ウェーバーとも表記する。
1821年にベルリンで初演された、ドイツ・ロマン主義オペラ確立の画期である。 - C.M.v.ウェーバーである、カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786〜1826)である。
ドイツ語オペラの自立を推進した、民間伝承・自然・超自然を扱うロマン主義様式を確立した。 - 《オイリアンテ》(1823)と《オベロン》(1826)も主要オペラである。
ハプスブルク君主国圏(オーストリア中心)の出来事
人物と位置づけ
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)である。
「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」と称される、エステルハージ家に仕えて多作した。
交響曲は106と数える整理がある。
弦楽四重奏曲は67(約70)と整理される。
人物と活動基盤
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトである、1756年生まれ、1791年没である。
35歳で早世した、幼少期から神童として知られた、前古典派と古典派語法を吸収した。
ハイドンからも大きな影響を受けた、自由音楽家としてウィーンで活動した。
定職には就かなかった、生涯は裕福ではなかった。
ただし技量は同時代に高く評価された。
フランスの出来事
フランスでは啓蒙思想が社会契約・自由・権利の議論を押し広げ、ルソーの自然/模倣論が音楽美学にも影響した。王権神授説への反動として、理性・合理性を重視する思想潮流が形成された。
代表作品
フランス文脈では、《パリ交響曲》がパリ側委嘱による作品群として成立し、ハイドンの国際的受容を拡大させた。
ロシアの出来事
ロシア四重奏曲と語法基準
ロシア文脈では、《ロシア弦楽四重奏曲》(ロシア四重奏曲)6曲が重要で、弦楽四重奏語法の基準提示に寄与した。
西ヨーロッパの出来事
ジャンル整備
西ヨーロッパ全体では、古典派は18世紀前半〜中頃にかけてジャンル整備と形式確立が進み、クラシック音楽の基礎を形成した。オラトリオも宗教音楽として継続し、ジャンル横断の体系化が進んだ。
基本語
西ヨーロッパ文脈では、セレナードは18世紀後半以降に多楽章の器楽曲として広く書かれ、ディヴェルティメント等と近接する軽快なジャンルとして扱われた。夜会・祝宴・屋外行事での演奏慣行と結びつき、交響曲よりも軽い性格の作品群を形成した。
西ヨーロッパ(18世紀実作法圏)の出来事
理論化と歴史理解
18世紀の西ヨーロッパ実作法では、ソナタ楽章の歴史的起源を二部構造に置き、前半で主調から属調(短調では平行調)へ進み、後半で主調へ回帰する設計が用いられた。これは感覚依存の運用から構造化された設計への移行を示す。
西ヨーロッパ(独墺圏中心)の出来事
書法転換と ソナタ形式
ソナタ形式は楽曲構造の基本である、第一楽章でとくに定着した。
主題・動機・モチーフの展開が統一と発展を生む、主題動機労作(動機労作)が核となる。
主題動機の展開を中心に設計する。
ギャラント様式はバロック的装飾を抑えた、明快な旋律と簡潔な和声を重視する。
ホモフォニー中心から、主題動機の展開へ移行した。
オブリガート声部導入で管楽器も固定的パート化した、通奏低音中心の即興・アドリブ実践から。
楽譜固定の書法へ移行した、装飾中心から構造中心へ転換した。
形式均衡 と編成
形式均衡は古典派美学の中核である、弦楽四重奏曲は4人編成である。
第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロで構成される。
通奏低音を置かない自立4声部として定着した、ハイドンはこの語法確立の中心人物である。
交響曲・ピアノ協奏曲・オペラ・室内楽で活躍した、声楽作品も多く残した。
古典派声楽にも大きく貢献した、J.C.バッハ語法を継承した、ピアノ協奏曲を高度化し完成へ導いた。
ハイドンセットで弦楽四重奏曲を献呈した、6曲から成る弦楽四重奏曲集である。
《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は代表作である、K.525のセレナードである。
最も有名なセレナードの一つである。
小規模交響曲的に扱われることもある、3大交響曲は第39・40・41番である。
《交響曲第39番》と《交響曲第40番》を含む、第41番は《交響曲第41番〈ジュピター〉》である。
《ジュノム協奏曲》(《ジュノーム協奏曲》)は第9番である、特に優れたピアノ協奏曲とされる。
《トルコ行進曲》はK.331の第3楽章である、《ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331》に属する。
ウィーン古典派 (18世紀後半〜19世紀初頭: ベートーヴェン )
イギリスの出来事
作曲語法と編成拡張
イギリス文脈では、ロンドンのブロードウッド社が改良フォルテピアノをベートーヴェンへ贈呈し、1818年に到着した。英式ピアノの拡張音域と堅牢な機構は、後期ピアノ作品の書法展開を後押しした。
オーストリアの出来事
革命と秩序再編
オーストリア文脈では、1814〜1815年のウィーン会議がハプスブルク君主国の首都ウィーンで開催され、戦後秩序の設計拠点となった。会議を主導したメッテルニヒ体制は、君主制の安定と反革命的秩序維持を重視した。
反動体制と公共圏
オーストリア文脈では、メッテルニヒ主導の保守体制が反革命秩序を維持し、検閲と警察統治のもとで公的言論が抑制された。こうした環境は芸術家に公的政治表現を避ける姿勢を促し、内向的な文化傾向を広げた。
オーストリア文脈では、ベートーヴェンはウィーンでソナタ形式内部の主題動機労作を徹底し、交響曲のドラマ性と構造統一を拡張した。《交響曲第5番〈運命〉》に続き、1824年初演の《交響曲第9番》では合唱導入と声楽・器楽統合によって編成規模を決定的に拡張した。
生涯と活動基盤
オーストリア文脈では、1792年にウィーンへ本格移住してハイドンに師事し、創作拠点を確立した。リヒノフスキー侯・ルドルフ大公らの支援に加え、1809年には三貴族から終身年金を得て、宮廷依存からの自立を進めた。
オーストリア(ウィーン中心)の出来事
ウィーン と 交響曲 理念
- ソナタ8《悲愴》(1799年)、劇的序奏と哀感の対比が特徴である。
- ソナタ14《月光》(1801年)、第1楽章は幻想的アダージョである。
13番とともに幻想ソナタに数えられる、第1楽章はソナタ形式を用いない。 - アダージョは速度標語である、「ゆるやかに(遅く)」を指す。
- ソナタ21《ヴァルトシュタイン》(1804年)、広大コーダと分散和音で終結する。
- ソナタ23《熱情》(1805年)、ヘ短調・作品57である、激烈な和声と推進力が特徴である。
- ソナタ26《告別》(1810年)、私的体験を標題化した。
- ソナタ29《ハンマークラヴィーア》(1818年)、最大規模である。
遠隔転調と複雑フーガが中核である。
- 弦楽四重奏曲《ラズモフスキー》(1806年)、第7〜第9番(作品59)の3作である。
ロシア主題(第1・第2番中心)を引用し、規模拡大で中期様式を示した。 - 後期弦楽四重奏:、第12〜第16番を中心に、対位法的凝縮と内省性を示す。
- Pf協5(ピアノ協奏曲第5番)《皇帝》(1809年)、独奏と管弦の対等対話で。
古典協奏曲の到達点を示した。 - 《ロマンス第2番》(1798年)、ヴァイオリンと管弦楽、作品50の。
抒情的名作である。 - 《ロマンス第1番》(1802年刊)、同ジャンルの作品40である。
- Vnソナタ(ヴァイオリンソナタ)《春》(1801年)、朗らかな長調と歌謡性が特徴である。
- Vnソナタ《クロイツェル》(1803年/1805年刊)、前奏的な第1楽章を持つ。
急迫フィナーレと超絶技巧で、規模を拡張した。
オペラ ・宗教作品
ドイツ語圏の出来事
革命と秩序再編
ドイツ語圏文脈では、1806年に神聖ローマ帝国が解体し、中欧の伝統的な帝国秩序が終焉した。この解体はナポレオン戦争期の再編と結びつき、以後のドイツ地域秩序形成の前提となった。
反動体制と公共圏
ドイツ語圏文脈では、1819年のカールスバート勅令により大学・出版・言論への監視と検閲が強化され、自由主義的知識人・芸術家の活動空間が縮小した。ドイツ連邦内の政治統制強化は、19世紀前半の文化表現を強く規定した。
作曲語法と編成拡張
ドイツ語圏文脈では、《交響曲第9番》終楽章で用いられた「歓喜に寄す」がフリードリヒ・シラーのドイツ語詩に基づき、音楽とドイツ語文学の接続点を形成した。加えて終楽章にはトライアングル・シンバル・大太鼓などの打楽器が用いられ、祝祭的語法が強調された。
ドイツ語圏文脈では、ベートーヴェンは1770年にボンで生まれ1827年に没し、ドイツ語圏音楽文化の中核的人物として位置づけられる。1796〜1798年にはベルリン方面での演奏活動を通じて、即興演奏家としての名声を高めた。
フランスの出来事
革命と秩序再編
フランス文脈では、1789年のフランス革命を起点に旧体制が崩れ、革命思想は19世紀前半の欧州諸革命へ連鎖した。市民を政治主体とみなす近代的な市民意識の高揚は、この革命過程で決定的に進んだ。
ボヘミア(プラハ)の出来事
プラハ巡演と名声拡大
ボヘミア(プラハ)文脈では、1796〜1798年の巡演期にプラハで演奏機会を重ね、ピアノ即興家としての評価拡大に寄与した。プラハでの活動は、ベートーヴェンが中欧都市圏で名声を確立する過程の重要要素となった。
西ヨーロッパの出来事
西ヨーロッパ文脈では、18世紀末から19世紀前半にかけて革命と戦争の連鎖により欧州秩序が大きく動揺した。ウィーン体制下では勢力均衡原理が再構成され、保守的な反動秩序による安定化が図られた。
反動体制と公共圏
西ヨーロッパ文脈では、啓蒙思想の余波と産業化の進展を背景に、公開コンサートと楽譜出版市場が拡大した。音楽家は宮廷依存から離れ、興行・出版・市民聴衆を基盤とする自立的職業へ移行した。
ロマン主義 (19世紀:地域別導入)
イタリア・オーストリア・フランス・ロシア・中欧北欧の共通の出来事
地域横断の潮流
オーストリア(ウィーン)・チェコ・ロシア・北欧の共通の出来事
運動の拡大
イタリアの出来事
音楽語法と美学対立
イタリアではパガニーニがヴァイオリンの超絶技巧を前面化し、19世紀ヴィルトゥオーソ文化の象徴となった。演奏家個人の技巧とカリスマを中心とする聴衆熱狂は、ロマン派の演奏実践を大衆化へ導いた。
政治運動との接続
イタリア・オペラ の展開
オペラ 関連語
イタリアではオペラ・ブッファが軽妙で喜劇的なオペラとして整理される。
イタリア・フランス系
イタリア系作曲家として、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルディ、マスカーニ、プッチーニが挙げられる。
オーストリアの出来事
思想と社会背景
オーストリアでもロマン主義はドイツ語圏思想と連動して受容され、作曲家の内面を創作の中心に置く主観的美学が重視された。旋律・和声・強弱によって感情を前面化する書法は、同地域の19世紀ロマン派語法を説明する基礎概念となる。
音楽語法と美学対立
オーストリアではウィーンで活動した音楽批評家ハンスリックが形式美を重視する立場を明確化し、感情表現中心の見方に異議を唱えた。彼の議論はブラームス支持とワーグナー批判を伴い、19世紀後半の音楽受容に大きな影響を与えた。
オーストリア(ウィーン)の出来事
地域別の代表作曲家
オーストリア(ウィーン)ではヨハン・シュトラウス父子がワルツ様式を洗練・体系化し、ウィンナ・ワルツとして定着させた。舞踏文化と演奏会文化の双方で流通したこの様式は、19世紀ウィーンを象徴する都市音楽となった。
オーストリア(ウィーン)ではオペレッタが対話を多く含む軽快・風刺的で大衆志向の歌劇として流行した。
ロシア・東欧・ 北欧 系
オーストリア(ウィーン)の作曲家として、ヨハン・シュトラウスが挙げられる。
チェコの出来事
チェコではスメタナとドヴォルザークが国民楽派の中核作曲家として位置づけられる。両者は民族的題材と語法を基盤に、19世紀チェコ音楽の自立的様式形成を牽引した。
印象主義 と 国民楽派 の接点
チェコではスメタナ《モルダウ》(《わが祖国》)が国民楽派の代表作として位置づけられ、民族的景観と歴史意識を交響詩として音楽化した。民俗的要素の引用によって自国固有性を示す手法はチェコ国民楽派の中核を成した。
チェコの作曲家として、スメタナとドヴォルザークが挙げられる。
デンマークの出来事
カール・ニールセンの国民的近代語法
デンマークではカール・ニールセンが国民的語法と近代的構成感覚を結び付け、国民楽派的潮流を主導した作曲家として評価される。交響曲と管弦楽作品を通じて自国音楽文化の基盤拡張に寄与した。
デンマークの作曲家として、ニールセンが挙げられる。
ドイツ語圏の出来事
思想と社会背景
ドイツ語圏のロマン主義では、古典主義への反動として理性中心の価値観を相対化し、情動と非合理性を肯定する思想が前面化した。作曲家個人の主観性を重視し、文学運動と連動しながら感情表出を核に据える美学が共有された。
音楽語法と美学対立
ドイツ語圏では19世紀中盤に標題を持たず音そのものの構造美を重視する絶対音楽の理念が確立した。世紀後半にはハンスリックの形式主義的議論を背景に、ブラームスとワーグナーを対置する美学論争が広がった。
ノルウェーの出来事
グリーグと北欧民族語法
ノルウェーではエドヴァルド・グリーグが民俗的旋律や舞曲語法を取り込み、民族性を音楽化した代表作曲家とされる。国民的素材を芸術音楽へ統合する実践は北欧国民楽派の象徴となった。
ノルウェーではグリーグが民族舞曲や民謡語法を芸術音楽へ統合し、国民楽派の代表例として《ピアノ協奏曲イ短調》を示した。民族素材による固有性提示は北欧国民楽派を象徴する実践として位置づけられる。
ノルウェーの作曲家として、グリーグが挙げられる。
ハンガリーの出来事
リストとヴィルトゥオーソ文化
ハンガリー出身のリストはピアノによる超絶技巧を確立し、19世紀ヴィルトゥオーソ文化を国際的に拡張した。1840年代の欧州巡演でリサイタル形式を広く普及させ、独奏会文化の定着を促進した。
フィンランドの出来事
シベリウスと民族叙事詩の交響化
フィンランドではジャン・シベリウスが民族叙事詩由来の主題を交響的に展開し、民族的アイデンティティを音楽化した。神話的素材と管弦楽語法の統合は国民楽派の代表的実践として位置づけられる。
フィンランドの作曲家として、シベリウスが挙げられる。
フランスの出来事
思想と社会背景
フランスでは1789年のフランス革命と1803〜1815年のナポレオン戦争を通じて、絶対王政と封建秩序が大きく動揺した。これを契機に市民を担い手とする国民国家意識の形成が進み、19世紀前半の社会基盤を規定した。
制度・技術・文学
- 1830年代〜1840年代前半は、革命後の制度再編期であった。
グランド・オペラが興隆した。 - 1839年、ダゲレオタイプ写真法が公表された。
- 1857年、シャルル・ボードレールが、《悪の華》を出版した。
展覧会と 印象主義 受容
フランスではドビュッシーとラヴェルに代表される印象主義音楽が展開し、非機能和声と楽器音色の使い分けを軸に旋法活用が顕著となった。動機労作の発展よりも和声と音色の移ろいで印象喚起を優先する美学が共有された。
フランスではグランド・オペラがバレエと合唱を伴う壮大なフランス語オペラとして位置づけられる。トラジディ・リリックは17〜18世紀フランス宮廷の悲劇オペラで、オペラ・コミックはフランス語台詞を含み後に悲劇題材も扱う。
イタリア・フランス系
フランス系作曲家として、マイヤベーア、グノー、ビゼー、ベルリオーズ、サン=サーンス、フランク、フォーレが挙げられる。
ロシア・東欧・ 北欧 系
フランスの作曲家として、ドビュッシーとラヴェルが挙げられる。
ロシアの出来事
ムソルグスキーと国民的器楽語法
ロシアではムソルグスキー《展覧会の絵》が国民楽派の代表例として扱われ、民族的素材と写実的性格を結びつけた語法を示した。国民的題材を器楽作品へ転換する方法は19世紀ロシア音楽の重要な方向性となった。
ロシアの作曲家として、バラキレフ、キュイ、ムソルグスキー、ボロディン、リムスキー=コルサコフ、チャイコフスキーが挙げられる。
西ヨーロッパの出来事
西ヨーロッパでは公開演奏会・楽譜出版・市民聴衆の拡大が進み、ロマン派音楽の受容基盤が広域に形成された。社会経済面では資本主義の進展と市民ナショナリズムの形成が並行し、1800年頃から1900年頃までの時期区分で整理される。
音楽語法と美学対立
西ヨーロッパでは叙情的旋律を軸に性格的小品(ノクターン・即興曲・無言歌)や舞曲が広く普及した。調性語法は遠隔転調と半音階化で拡張しつつ、ソナタ形式・二部形式・三部形式の併存と標題音楽(交響詩)の展開が進んだ。
西ヨーロッパ(音楽理論語彙圏)の出来事
19世紀音楽語彙と美学概念
- 表題音楽:、明確な物語・題名を持つ、管弦楽曲である。
- 固定楽想(イデー・フィクス):、同一旋律を、物語的に再出現させる手法である。
- 写実主義(現実主義):、人間社会や自然界を、過度に美化せず描く美学である。
- ヴェリズモ:、19世紀末イタリア・オペラにおける、写実主義(現実主義)の潮流である。
庶民生活と心理を時系列で描きる。 - 印象主義音楽:、音色・旋法・響きの移ろいを重視する。
- 印象主義:、本来は絵画用語である、音楽では非機能和声と音色重視を指す。
便宜的呼称である。 - 国民楽派:、民族固有の旋律・リズムを用いて、自国様式を確立する潮流である。
- 超絶技巧:、高速音型・大跳躍・重音・連打など、通常水準を超える演奏難度の様式である。
- 超絶技巧練習曲:、高難度技法の習得と、演奏会効果を兼ねる練習曲である。
代表はリストである。
ロマン主義 (19世紀:ドイツ・中欧・各国作曲家前半)
イタリアの出来事
イタリア・オペラ作曲家群の展開
- ジョアキーノ・ロッシーニ(1792〜1868): イタリア・オペラのベルカント様式を完成。
《セビリアの理髪師》《ウィリアム・テル》《セミラーミデ(セムラメード)》を作曲。 - ガエターノ・ドニゼッティ(1797〜1848): ベルカント終盤を担い、約70作を作曲。
《愛の妙薬》《ランメルモールのルチア》《リタ(リタの日記)》を残す。 - ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801〜1835): 長大旋律で知られるベルカント悲劇の典型。
《夢遊病の女》《ノルマ》を作曲。 - ジュゼッペ・ヴェルディ(1813〜1901): 劇的オペラでイタリア統一期の国民感情を鼓舞。
《ナブッコ》《リゴレット》《アイーダ》《椿姫》《マクベス》を作曲。
カイロのケディーヴ・オペラ座は1869年開場、ヴェルディ《アイーダ》は1871年12月24日初演。
《マクベス》はシェイクスピア戯曲に基づく。 - ピエトロ・マスカーニ(1863〜1945): ヴェリズモ(写実主義(現実主義))オペラの先駆。
《カヴァレリア・ルスティカーナ》《友人フリッツ》を作曲。
《カヴァレリア・ルスティカーナ》はシチリア島の村を舞台にした代表的ヴェリズモ作品。
エジプトの出来事
楽器製作と上演実務
エジプトでは《アイーダ》のカイロ初演文脈に関連して、直管ファンファーレ・トランペット(アイーダ・トランペット)が扱われ、古代エジプト図像を参照した意匠が語られる。
オーストリアの出来事
前期から後期への推移
オーストリアではロマン派前期がシューベルトの歌曲と交響曲に始まり、感情と詩的世界の音楽的拡張が示された。
思想・批評・国民意識
オーストリアではハンスリック『音楽美について』を端緒として、形式と美に関する批評的議論が強まった。
前期 ロマン派 の中核
オーストリアではシューベルトが前期ロマン派の先駆として歌曲・室内楽・交響曲を広く展開し、連作歌曲とピアノ伴奏の自立を示した。
ドイツ語圏の中後期展開
オーストリアではアントン・ブルックナー(1824〜1896)が後期ロマン派交響曲の巨大構成を展開した。グスタフ・マーラー(1860〜1911)は巨大編成で近代への橋渡しを行い、ヒューゴ・ヴォルフ(1860〜1903)は後期リートを革新して文学性を高めた。
ドイツの出来事
前期から後期への推移
ドイツではメンデルスゾーンとシューマンの展開に続き、ワーグナーの楽劇と半音階主義の深化、さらにブラームスの絶対音楽志向へと推移した。
思想・批評・国民意識
ドイツではワーグナー対ブラームスの構図が鮮明化し、19世紀後半の音楽美学対立を形成した。
前期 ロマン派 の中核
ドイツではメンデルスゾーンがバッハ復興と演奏会用序曲を推進し、シューマンは作曲と音楽評論の両面で前期ロマン派の中核を担った。
ドイツ語圏の中後期展開
ドイツではリヒャルト・ワーグナー(1813〜1883)が楽劇(音楽劇)を提唱し、示導動機を用いて人物心理を描いた。ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)は絶対音楽を標榜して古典形式とロマン派情緒を融合し、リヒャルト・シュトラウス(1864〜1949)は交響詩とオペラで後期ロマン派の管弦楽語法を拡張した。
ハンガリーの出来事
前期から後期への推移
ハンガリーでは中期ロマン派においてリストの超絶技巧が、調性と形式の拡張を示す要素として扱われる。
前期 ロマン派 の中核
ハンガリーではリストが超絶技巧ピアニズムと交響詩創始を通じて、ハンガリー狂詩曲などで国民的語法を提示した。
フランスの出来事
思想・批評・国民意識
フランスではベルリオーズ以後の印象主義語法が、音色と非機能和声を重視する方向へ展開した。
楽器製作と上演実務
フランスではサックスが主にパリで活動し、サクスホルンを含む金管楽器群の改良を進めた。
ベルギーの出来事
アドルフ・サックスとサクソフォン発明
ベルギーではアドルフ・サックス(1814〜1894)が生まれ、サクソフォンを発明した楽器製作者として位置づけられる。
ポーランドの出来事
前期から後期への推移
ポーランドではショパンがピアノ技巧の発展を担い、前期ロマン派の推移を代表する要素として位置づけられる。
前期 ロマン派 の中核
ポーランドではショパンが民族色と高度技巧を融合したピアノ作品群を残し、性格的小品と練習曲の語彙を拡張した。
西ヨーロッパの出来事
思想・批評・国民意識
西ヨーロッパ各地では国民楽派がナショナリズムを鼓舞し、国民意識と音楽文化の結び付きが強まった。
ロマン主義 (19世紀:同章後半)
イタリアの出来事
イタリア・フランスの オペラ 展開
イタリアではジャコモ・プッチーニ(1858〜1924)がオペラ最後の巨匠として《トスカ》《蝶々夫人》《ラ・ボエーム》を作曲し、ヴェリズモ潮流の中で日常心理を描く作風を示した。
声楽と形式の語彙
イタリアではベルカント様式が声の持続と華麗なパッセージを特徴とする歌唱法として発展し、19世紀オペラ歌唱の基盤となった。
オーストリア(ウィーン)の出来事
ウィーン 舞曲 文化
- ヨハン・シュトラウス1世(1804〜1849): 「ワルツの父」。
《ラデツキー行進曲》《タウベルル・ワルツ(タウバーリン・ワルツ)》を作曲。 - ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899): 「ワルツ王」。
オペレッタと舞曲で活躍し、《美しく青きドナウ》《こうもり》《トリッチ・トラッチ・ポルカ》を作曲。
ウィンナ・ワルツの代表的作曲家である。
チェコの出来事
ロシア・中東欧・ 北欧 の展開
チェコではスメタナとドヴォルザークが国民楽派の中心を担い、民族的題材を交響詩と交響曲へ結晶させた。
デンマークの出来事
ニールセンの交響曲と北欧独自性
デンマークではニールセンが交響曲創作を通じて国民楽派的潮流を担い、北欧後期ロマン派の独自性を示した。
ドイツ語圏の出来事
ドイツ語圏では連作歌曲(リーダーツィクルス/リーダークライス)や通作歌曲が、詩の進行と音楽構成を結びつける歌曲形式として発展した。
様式概念と美学
ドイツ語圏では絶対音楽の概念が標題を排して純粋形式美を重視する美学として整理され、19世紀後半の音楽論争で重要な位置を占めた。
和声 ・動機と民族語法
ドイツ語圏ではトリスタン和音・半音階主義・示導動機が後期ロマン派の和声と動機運用を象徴し、ワーグナー語法と結びついて展開した。
ノルウェーの出来事
《ペール・ギュント》と北欧音楽の国際化
ノルウェーではグリーグが民俗的旋律語法を基盤にし、《ペール・ギュント組曲》などで北欧音楽の国際的認知を高めた。
ハンガリーの出来事
チャールダーシュとロマ楽団の舞曲語法
ハンガリーではチャールダーシュ、ロマ楽団、ツィンバロムに代表される舞曲語法が19世紀都市文化の中で体系化された。
フィンランドの出来事
シベリウスと《フィンランディア》の象徴性
フィンランドではシベリウスが民族叙事詩的主題を管弦楽へ昇華し、《フィンランディア》などで国民的象徴性を確立した。
フランスの出来事
イタリア・フランスの オペラ 展開
フランスではジャコモ・マイヤベーアがフランス語グランド・オペラを確立し、シャルル・グノーとジョルジュ・ビゼーがオペラ・コミックを含むフランス・オペラの展開を推進した。
フランス管弦楽と 印象主義
フランスではベルリオーズが表題音楽と大規模管弦楽法を革新し、ドビュッシーが印象主義音楽を象徴した。ラヴェルは印象主義と新古典主義を架橋し、管弦楽法と古典形式志向を併せ持つ作風を展開した。
様式概念と美学
フランスではベルリオーズ《幻想交響曲》に代表される表題音楽が物語性を伴う器楽曲として展開し、印象主義も絵画語から音楽語彙へ転用されて定着した。
ベルギーの出来事
ベジャールの《ボレロ》現代振付
ベルギーではモーリス・ベジャールがブリュッセルを拠点に20世紀バレエ団を主宰し、《ボレロ》に現代的振付を与えて舞踊上演史に影響を与えた。
ロシアの出来事
ロシアではムソルグスキーが《展覧会の絵》を作曲し、この原作は後にラヴェルの管弦楽編曲で広く受容された。
ロシア・中東欧・ 北欧 の展開
ロシアではムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、チャイコフスキーがオペラ・管弦楽・バレエを通じてロマン派語法を展開した。
和声 ・動機と民族語法
ロシアではロシア五人組が民族旋律と管弦楽色彩を統合し、国民楽派の基盤を形成した。
西ヨーロッパの出来事
様式概念と美学
西ヨーロッパでは新古典主義がロマン主義への反動として現れ、17〜18世紀様式を近代語法で再構築する美学として展開した。
20世紀前半(1914〜1945)
アメリカ・ドイツ語圏の共通の出来事
新ウィーン楽派と12音技法の展開
アメリカの出来事
霊性・政治・アメリカ展開
アメリカではジャズとクラシックの交配からシンフォニック・ジャズが成立し、ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》(1924)が普及した。さらにケージがプリペアド・ピアノと偶然性の理念で実験音楽へ接続した。
中東欧の民俗研究
バルトークは1940年にアメリカへ移住し、都市の「ハンガリー風」ロマ音楽と農村マジャル民謡を区別して研究を継続した。
フランス・ソ連・アメリカ
アメリカではケージが偶然性とプリペアド・ピアノで作曲観を更新し、ガーシュウィンが《ラプソディ・イン・ブルー》などでシンフォニック・ジャズを確立した。
体制・演奏技法・ ジャズ 融合
アメリカではプリペアド・ピアノの実験、シンフォニック・ジャズの管弦楽融合、ディキシーランド・ジャズの集団即興が並行して展開した。
イタリアの出来事
視覚芸術と前衛
イタリアではモダニズム期に未来派が速度・機械・都市性を称揚し、前衛芸術の方向を押し広げた。
未来派 ・ 原始主義 ・ 新古典
イタリアではルッソロが未来派文脈で『騒音芸術』を掲げ、都市騒音を肯定する前衛語法を打ち出した。
新ウィーン楽派 と欧州前衛
イタリアではルッソロが未来派の騒音芸術を掲げ、《都市の目覚め》などで機械都市音を音楽素材化した。
前衛運動と美学
未来派は騒音と速度感を称揚するイタリア前衛運動で、機械文明と都市性を肯定する美学を打ち出した。
オーストリアの出来事
シェーンベルクと新ウィーン楽派の形成
オーストリアではシェーンベルクが無調と12音技法を創始し、ベルクとヴェーベルンを含む新ウィーン楽派が20世紀前衛の基盤を形成した。
スイスの出来事
ダダ運動の成立とダダイズム
ダダ運動は第一次世界大戦への反発からスイスで始まった反伝統の前衛運動で、既存価値を揺さぶるダダイズムへ展開した。
ソ連の出来事
霊性・政治・アメリカ展開
ソ連のスターリン体制では社会主義リアリズムが公定化され、前衛実験は抑圧された。電子楽器テルミン(1920)もこの時代圏で実用化された。
フランス・ソ連・アメリカ
ソ連ではショスタコーヴィチが社会主義リアリズム体制下で創作を継続し、《交響曲第5番》や《弦楽四重奏曲第8番》を残した。
体制・演奏技法・ ジャズ 融合
社会主義リアリズムはソ連の公式美学として、理解しやすさと革命精神を備えた表現を作曲実践へ要請した。
ドイツの出来事
前衛運動と美学
新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト)はドイツ・ワイマール共和国期の反表現主義潮流で、実用音楽志向とも接続した。
ドイツ語圏の出来事
カンディンスキーと精神性表現
カンディンスキーはミュンヘンやバウハウスを含むドイツ語圏で、色彩と形態による精神性表現を発展させた。
ドイツ語圏(新ウィーン楽派)の出来事
無調・12音技法と表現主義語法
ハンガリーの出来事
中東欧の民俗研究
ハンガリーではバルトークとコダーイが農民音楽を収集し、民俗語法を近代作曲へ統合した。コダーイは教育法コダーイ・メソッドを体系化し、ハンガリー音楽教育に定着させた。
フランスの出来事
フランス出身のデュシャンはレディメイドによって芸術の価値判断そのものを問い直した。
未来派 ・ 原始主義 ・ 新古典
フランスでは《春の祭典》初演がパリ前衛環境と結びつき、サティやレ・シスの新古典主義志向へ接続した。
霊性・政治・アメリカ展開
フランスではメシアン・ジョリヴェらジュヌ・フランスが限定旋法・非西欧リズム・鳥の歌を導入し、霊性的語法を展開した。オンド・マルトノの導入も進んだ。
フランス・ソ連・アメリカ
フランスではサティがダダ連携と《家具の音楽》で聴取観を拡張し、メシアンが限定旋法・加算リズム・鳥の歌を統合して前衛語法を深化させた。
新印象主義はフランス絵画の点描運動を指す概念で、音楽分野の印象主義とは区別して扱われる。
ヨーロッパ・世界の出来事
戦争と国際秩序
ロシアの出来事
視覚芸術と前衛
ロシア出身のカンディンスキーは抽象絵画を先導し、20世紀前衛美術の基盤形成に寄与した。
未来派 ・ 原始主義 ・ 新古典
ロシア出身のストラヴィンスキー《春の祭典》(1913)は、原始的リズムと複調和声で原始主義を象徴した。
新ウィーン楽派 と欧州前衛
ロシア出身のストラヴィンスキーは《春の祭典》で原始主義を象徴し、その後《プルチネラ》《兵士の物語》を経て新古典主義へ転回した。
20世紀後半(1945〜1991)
アメリカ・ソ連・国際社会の共通の出来事
冷戦 構造
アメリカの出来事
戦後再編と国際前衛
ナチ体制下の弾圧でシェーンベルクらユダヤ系音楽家がアメリカへ亡命し、ヒンデミットも離独して戦後教育・受容の重心移動を促した。
偶然性と 電子音 響
アメリカではジョン・ケージの偶然性理念が作曲者中心主義を相対化し、モーグ・シンセの普及が電子楽器の市場浸透を加速させた。
ミニマル ・ アンビエント ・ スペクトル
アメリカではライヒの位相ずらしとグラスの反復的アディティヴ構造が、ミニマルミュージックの語法を定式化した。
ミニマル と アンビエント
アメリカのスティーブ・ライヒは位相技法とミニマル語法を体系化し、《ピアノ・フェイズ》《ドラミング》で反復過程を可視化した。フィリップ・グラスも反復構造を都市聴取へ接続し、《グラスワークス》《コヤニスカッツィ》で同系の様式定着を進めた。
セリー ・確率・音響核
アメリカのジョン・ケージは、偶然性/アレアトリーの実践において、枠組みのみ設定して細部を偶発決定へ委ねる作曲観を推し進めた。
イギリスの出来事
イーノとアンビエント概念の普及
イギリスのブライアン・イーノ《ミュージック・フォー・エアポーツ》はアンビエントミュージック概念を普及させ、後続世代へ影響した。
イギリスのブライアン・イーノはアンビエントミュージックを提唱し、《ミュージック・フォー・エアポーツ》《サーズデイ・アフタヌーン》で注意を拘束しない環境音楽の聴取概念を定着させた。
エストニアの出来事
東欧・バルト圏
エストニア出身のアルヴォ・ペルトはティンティナブリ様式で静謐な響きを確立し、《タブラ・ラサ》《フラトレス》《フュール・アリーナ》でその語法を具体化した。
ギリシャの出来事
セリー と電子前衛
ギリシャ系のクセナキスは確率論と建築数学を作曲構造へ導入し、《メタスタシス》《ペルセファサ》で幾何学的設計を具体化した。
ドイツの出来事
戦後再編と国際前衛
ドイツでは戦後にダルムシュタット夏期講習(1946開始)が国際的結節点となり、トータル・セリーと総音列技法の実験拠点として機能した。
偶然性と 電子音 響
ドイツではシュトックハウゼンがケルンを拠点にライブ・エレクトロニクスを推進し、電子音響実践を拡張した。
ドイツのシュトックハウゼンは電子音と空間配置を探究し、《コンタクテ》《グルッペン》で空間音響設計を推進した。
ハンガリーの出来事
リゲティとミクロポリフォニー
ハンガリー出身のリゲティはミクロポリフォニーを展開し、《アトモスフェール》《ルクス・エテルナ》で高密度音響を提示した。
フランスの出来事
戦後再編と国際前衛
フランスのメシアン《音価と強度のモード》は全面総音列的発想を提示し、戦後前衛における系列化思考の起点となった。
偶然性と 電子音 響
フランスではブーレーズがIRCAMで電子音響研究を制度化し、シェフェールはミュジック・コンクレートを提唱して録音素材編集を作曲工程へ導入した。
ミニマル ・ アンビエント ・ スペクトル
フランスのグリゼー《パルティエル》に代表されるスペクトル楽派は、倍音解析を作曲骨格へ組み込む方法を確立した。
フランスのブーレーズはトータル・セリー理論を展開し、IRCAM創設を主導して戦後音響研究の制度基盤を整備した。
フランスの総音列技法は、音高・音価・強度・奏法を系列化する方法として、メシアンからブーレーズへ連なる文脈で発展した。
ポーランドの出来事
偶然性と 電子音 響
ポーランドのペンデレツキは《広島の犠牲者に捧げる哀歌》でクラスター音響を前景化し、戦後前衛音響の象徴例となった。
東欧・バルト圏
ポーランドのクシシュトフ・ペンデレツキはクラスターと特殊奏法で戦後前衛を牽引し、《広島の犠牲者に捧げる哀歌》《ディエス・イレ》で音響劇性を強調した。ヘンリク・グレツキも同国の文脈で、初期前衛から簡潔で調性的・瞑想的な作風へ移行し、《交響曲第3番〈悲歌のシンフォニー〉》で受容層を拡大した。
ポーランドのルトスワフスキは、偶然性/アレアトリーの実践で、統制枠の中に偶発性を導入する手法を発展させた。
国際(戦後前衛語法圏)の出来事
戦後前衛の主要作曲技法
欧州の出来事
アレアトリーと作曲統制の拡張
欧州では構造と素材決定を分離するアレアトリーが発展し、作曲統制の幅を拡張した。
欧米の出来事
ミニマル ・ アンビエント ・ スペクトル
欧米前衛では機能和声の放棄と電子音導入が進み、1970年代以降は調性的・叙情的再志向が拡大してポストモダン文脈で整理された。
西欧・北米(戦後前衛語法圏)の出来事
ミニマル・アンビエントと電子音響技法
- ミニマルミュージック: 限定素材の反復と位相変化で時間感覚を拡張。
- アンビエント: 注意を縛らない環境音楽概念として定着した語である。
- スペクトル: 倍音解析に基づく作曲法としてグリゼーらが展開した。
- シンセサイザー: ムーグ系の普及で広がった、電子回路で音を生成する鍵盤機器。
- ライブ・エレクトロニクス: 演奏音をリアルタイム電子処理する技法。
20世紀音楽家各論(20世紀:ドイツ)
アメリカの出来事
体制変動と亡命
敗戦後の再編でドイツの音楽教育は連合国の再教育政策の影響を受け、米国流の実用主義的教育観とも接続した。
新ウィーン楽派
シェーンベルクはアメリカ亡命後も教育活動を継続し、新ウィーン楽派の理論的継承を米国圏の教育現場へ接続した。
オーストリアの出来事
新ウィーン楽派の無調・12音体系
オーストリアを中心とする新ウィーン楽派では、シェーンベルクが無調・12音技法・シュプレヒシュティムの体系化を推進し、ベルクとヴェーベルンも表現主義的語法の展開を担った。
ドイツの出来事
第一次大戦後の混乱を背景にナチスドイツが台頭し、ユダヤ系音楽家の亡命・弾圧が進行した。敗戦後のドイツでは「過去の総決算」として前衛実験と再構成が併存する再建が進んだ。
亡命と 新古典主義
- パウル・ヒンデミット: ナチ政権下で退廃音楽として攻撃され、宣伝では堕落の旗手と中傷されたのち亡命。
新古典主義路線で《画家マティス》を作曲という点が重要である。
《画家マティス》は16世紀ドイツの宗教画家マティアス・グリューネヴァルトを題材化。
《ウェーバーの主題による交響的変容》ではカール・マリア・フォン・ウェーバー素材を再構成。
電子前衛
戦後前衛の実践
ドイツ前衛では、シュトックハウゼンに代表されるライブ・エレクトロニクスが、演奏音のリアルタイム変調と空間化を行う舞台技術として発展した。
ドイツ語圏・国際(20世紀美学語彙圏)の出来事
モダニズムとポストモダニズムの美学語彙
ドイツ語圏(新ウィーン楽派)・西欧(戦後前衛語法圏)の出来事
無調・12音・総音列の技法連関
フランスの出来事
メシアンからブーレーズへの総音列展開
フランス前衛では、メシアン《音価と強度のモード》を先駆例として、のちにブーレーズが総音列的実践を拡張する流れが形成された。
20世紀音楽家各論(20世紀:フランス)
フランスの出来事
制度基盤と戦後研究体制
- エリック・サティ: ダダの影響下で《家具の音楽》を提唱し、聴取を環境音へ転位。
同一モチーフ反復を多用し、《ジムノペディ》《ジュ・トゥ・ヴ》《ヴェルクサシオン》を作曲。 - アンドレ・ジョリヴェ: 原始主義とオンド・マルトノを接続し。
《オンド・マルトノ協奏曲》で新音色を開拓という代表作である。
ジュヌ・フランスの一員として機械主義偏重への対抗を掲げるという点が重要である。
《トランペット協奏曲第2番》は打楽器的エネルギーが前面に出る代表作。 - オリヴィエ・メシアン: 鳥の歌・限定旋法・非可逆リズムを導入し。
《音価と強度のモード》でトータル・セリーの先駆を提示という代表作である。
ジュヌ・フランスの一員で、色彩共感覚と神学的背景を理論化という点が重要である。
第二次大戦中は収容所(独軍捕虜収容所シュタラークVIII-A)で作曲・演奏。
主要作《トゥーランガリラ交響曲》《世の終わりのための四重奏曲》《鳥のカタログ》。
《鳥のカタログ》は野鳥の鳴き声をピアノで再現し、《音価と強度のモード》は数列構成を先鋭化。
新古典主義 と都市語法
- ヤニス・クセナキス: 確率・集合論を音へ転写しという位置づけである。
《メタスタシス(Metastaseis)》で建築的音群を提示。
ギリシアから渡仏し、グラフ記譜など数学的手法を展開という点が重要である。
作品《ST/4》という点が重要である。 - ピエール・シェフェール: ミュジック・コンクレート(ミュジーク・コンクレート)とテープ編集を創始。
フランス放送協会(のちORTF)とGRMを基盤に制度化し、具体音を編集する作曲法を確立。
《エチュード(鉄道)》では鉄道音素材を変形という代表作である。 - ピエール・ブーレーズ: トータル・セリーからアレアトリーへ展開し、IRCAM創設を主導。
《レポン(Répons)》でライブ電子音響を実践という代表作である。 - トリスタン・ミュライユ: スペクトル楽派を牽引し、リテニレール共同創設。
後年はIRCAMで研究・教育に従事という点が重要である。
フランス(20世紀前衛語彙圏)の出来事
美学・様式語
フランス(前衛研究基盤)の出来事
研究基盤と実践語
20世紀音楽家各論(20世紀:アメリカ / ソビエト・ロシア)
アメリカ・ソビエト/ロシア・西欧の共通の出来事
亡命・帰還の作曲家
アメリカの出来事
世界史
作曲家
ジャズ と都市文化
- ジョージ・ガーシュウィン: 管弦楽編成とジャズを接続したシンフォニック・ジャズの旗手。
主要作《ラプソディ・イン・ブルー》《パリのアメリカ人》《ポーギーとベス》。
実験主義 と音響前衛
- チャールズ・アイヴズ/エドガー・ヴァレーズ(ヴァレーズ): フランス生まれ。
後に米国で活動したアメリカ前衛の先駆という点が重要である。
実験的語法と騒音・打楽器性を強調という点が重要である、ヴァレーズは音塊と空間化を重視し。
《赤道(Ecuatorial)》や《イオニザシオン》を残す。
《赤道(Ecuatorial)》は低声語り・金管・打楽器を核に儀礼的音響を構築。 - ジョン・ケージ: 偶然性とプリペアド・ピアノで作曲者中心主義を更新し、フルクサスへ影響。
作品《4分33秒》《チェンジズの音楽(Music of Changes)》《アリア》《易の音楽》。
ミニマル の成立
- ラ・モンテ・ヤング、スティーブ・ライヒという点が重要である。
フィリップ・グラス(後続にジョン・アダムズ): 反復と時間操作を拡張し。
ミニマル・ミュージック成立を推進。
- シンフォニック・ジャズ: ジャズ語法を交響編成へ移植したアメリカ的クロスオーバー。
- 実験主義: 楽器改造・偶然性・新記譜で既存規範を更新する潮流(アイヴズ→ケージ系譜)。
- 偶然性音楽: 構成の一部/全部を任意決定へ委ねる方法という位置づけである。
- ミニマル・ミュージック: 短い動機の反復と微細変化で時間感覚を拡張する1960〜1970年代の新調性語法。
ソビエト/ロシアの出来事
世界史
- ロシア革命後は社会主義リアリズムが公定美学となり前衛を抑圧。
- スターリン死後は前衛(多様式)が再浮上し、民族回帰・宗教復興・前衛実験が併存。
作曲家
体制下の表現と葛藤
- ドミートリイ・ショスタコーヴィチ: 前衛語法ゆえジダーノフ批判を受けつつ、交響曲で公的評価を回復。
主要作《歌劇〈鼻〉》《交響曲第7番〈レニングラード〉》という点が重要である。
大編成と長大構成には後期ロマン派語法継承も指摘されるという点が重要である。 - アラム・ハチャトゥリアン(ハチャトゥリアン): 民族色と躍動で人気を得るがジダーノフ批判対象。
代表作《剣の舞》という点が重要である。
20世紀音楽家各論(20世紀:イタリア / イギリス / 日本)
イギリスの出来事
世界史
作曲家
英語 オペラ 再評価
- ベンジャミン・ブリテン(ブリテン): 20世紀イギリスの中核的存在。
《ピーター・グライムズ(Peter Grimes)》は英語オペラ再評価の契機。
オペラ復興: 20世紀イギリスではブリテン《ピーター・グライムズ》を起点に英語オペラが国際評価を回復。
複雑性と環境音
- ブライアン・ファーニホウ(ファーニホウ): ニュー・コンプレクシティの中心。
《タイム・アンド・モーション・スタディII(Time and Motion Study II)》を作曲。 - ブライアン・イーノ: アンビエント概念を確立という位置づけである。
用語・技法
- ニュー・コンプレクシティ: 過密リズムと微分音を精密記譜する1980年代以降の前衛潮流。
- アンビエント・ミュージック: 集中聴取を前提とせず空間を彩る環境音楽。
イタリアの出来事
世界史
- 第一次大戦後の失地回復願望がファシズムを助長し、敗戦後は文化的空白期が発生。
作曲家
未来派 と騒音美学
引用 技法と ポストモダン
用語・技法
未来派は速度・機械・騒音を賛美するイタリア前衛運動で 1909年の未来派宣言を起点に20世紀初頭の芸術観を刷新した。
国際(作曲技法語彙圏)の出来事
引用の音楽と多義的文脈生成
引用の音楽は過去作品・ニュース音声・会話など既存素材を並置し 多義的文脈を生成する国際的な作曲技法である。
国際(前衛語彙圏)の出来事
用語・技法
フルクサスは偶発的ハプニングを重視する国際前衛グループで、ジョン・ケージの影響下で一柳慧とも接続する。
日本の出来事
世界史
作曲家
戦後日本の音響拡張
- 黛敏郎: 声で金鐘倍音を再構築する日本的スペクトル先駆という位置づけである。
《ネハン交響曲》《オペラ〈金閣寺〉》を作曲という代表作である。 - 武満徹: 東洋楽器とオーケストラを接続する国際派という位置づけである。
《ノヴェンバー・ステップス(November Steps)》は琵琶と尺八をオーケストラに対置。
《系譜(Family Tree)》は語り手と管弦楽のための作品。
西洋前衛と日本的音響の接続として武満徹《November Steps》が代表。
図形記譜と前衛接続
用語・技法
スペクトル解析は倍音構造を数値化して作曲構成へ用いる手法であり、図形楽譜は五線を離れて形や色で演奏指示を与える記譜法として、日本の黛敏郎・一柳慧の文脈で提示される。